糸鋸により真鍮版を切断したら次はヤスリ(棒ヤスリ)を使用して部品を罫書き線通りの形状に仕上げていく工程に入ります.この工程までくれば前回の最後に述べたような設計に起因する大きな問題がなければ窓抜き作業のような一瞬のうちに今までの努力が水泡に記すようなインシデントの発生確率は低くなります.そのヤスリ作業は適切な形状と粗さのヤスリを選択すること,真鍮板はやすりは押すときのみに削れることに留意すること,通常はヤスリを真鍮板に対して垂直に保持しながら削ることに注意すること,罫書き線を超えて削りすぎないことの留意すれば時間はかかるものの作業は終わります.

一方,やすりがけには今までの工程にない難しさがあります.それはこの工程の良し悪しが作品の出来栄えに直接影響を与えると言うことです.極端に言えば,罫書きを部品の裏側に行う限りは罫書き線をいくら間違えて描き直してもも作品の出来栄え(外観)には影響しません.また四角い窓を糸鋸で丸く抜いても,それが罫書き線を逸脱していなければヤスリがけ作業の終了後にはその履歴は作品には全く現れません.しかしヤスリ仕上げはその仕上げが罫書き線にどのくらい忠実に行ったかが作品の出来栄えに直接影響を与えます.
それではまずは使用した工具を紹介します.

1.精密ヤスリ・・・精密ヤスリで作業のほとんどを行ないます.私はバラキットを組み立てた時に使用していたヤスリをそのまま使用しています.ヤスリは品質も値段もピンキリですが私が使用しているヤスリはメーカー不詳で有名メーカーの高級品ではありません.ただ,糸鋸による作業が下手なせいもあり車体を自作する場合にはヤスリがけの工程が非常に多くの時間を占め,その使用頻度も使用時間もバラキットの修正や小部品を製作するのに比較すると非常に多いので,今後本格的に本格的に真鍮製車体の製作を行なう場合は買い替えたいと思っています.ほとんどの外形仕上げ作業は平ヤスリと丸ヤスリで行いますが,角・三角.先細やすりも穴の拡大,線材の切断等に使用しますので用意しておいた方が良いと思います.
2.その他のヤスリ・・・タミヤ製のベーシックヤスリセットの細目と中目を用意していますが前面の”オデコ”の整形や,糸鋸であまりにも内側を切りすぎた窓の荒削りに使用する以外はほとんど使用しません.これらのヤスリで真鍮板の表面を削ると塗装後まで傷が残ってしまったり傷の除去に非常に手間がかかる場合がありますので要注意です.
3.ステンレススケールとノギス・・・作業中の寸法測定に使用します.
4.耐水ペーパー・キサゲ・キサゲ刷毛・・・作業により発生するカエリの除去に使用します.
・ 実際の作業
私の経験ではヤスリがけの留意点は冒頭でも触れたように ① 切削中は板とヤスリを垂直に保持して作業する ②ヤスリが金属を削るのは手前から奥にヤスリを押すときのみであることに注意する(ヤスリを引くときはヤスリを板に強く押し付けない)③ 切削時には常の罫書き線を認識しながら行う ということではないかと思います.これは学校の技術家庭科の授業で習ったのかもわかりません(私は覚えていません).また私は機械工学科出身ですので大学の実習でヤスリがけ作業の実習も行なったはずですが,何を教わったかは全く記憶にありません.多分鉄道模型愛好者で過去今回のヤスリがけ作業で要求される精度でのヤスリでの仕上げ作業を学校以外で経験している方は非常に少ない(殆んどいない?)のではないかと思われます.しかしヤスリがけは上記に注意して作業を行えば比較的簡単に鉄道模型製作に必要な程度のやすりがけ作業の「コツ」は掴めるような気もします.以下,私の行なった手順を実例で紹介します.

上の写真は客用ドアをヤスリ仕上げしている途中の写真です.上の2枚が糸鋸で抜いた状態,下の2枚が最終仕上げ直前の段階です.その手順は ①丸ヤスリを用いて窓の隅R部分を罫書き線ギリギリまで削る(罫書き線の部分は削りません)② 角のRとスムーズに繋がるように平ヤスリで直線部を削る(この状態で罫書き線の内側に沿った形で窓の外形が仕上がります).ここまでできたら以降 ③仕上がり状態をチェックの上罫書き線がほぼ消えるまでR部を削り込む ④ R部とスムーズに繋がるように直線部を削り込む という手順で,上の写真の下段は③と④の間の状態です.
作業中の注意点としては,切断作業と同様,常に罫書き線を確認しながら作業を進めることです.材料には削り込みに従って外周にカエリが発生し,そのカエリは表面と裏面両方に発生します.そのため作業中はカエリを確実に除去し,常に罫書き線がどこにあるかを認識しながら作業することが必要です.光源の位置によっては発生したカエリは光に反射しますので,罫書き線の位置や実際に削られている位置と罫書き線の位置関係がよくわからなくなったり,カエリの反射を罫書き線と誤認する場合もあります. 繰り返しになりますが糸鋸による切断と同様,罫書き線が認識できなくなったと思ったら即作業を中断してかえりを除去し,罫書き線を確認することが必要です.罫書き線を強めに付けてあれば表面を耐水ペーパーで軽く擦ってかえりを除去しても罫書き線は残りますので最終段階での確認の際はこの作業を行なった後で削り量が適正であるかを確認しても良いかと思います.そして作業が終わったら最後に板を裏返して反対面(外観となる面)からチェックし,外形に乱れがなければ終了です.やすりがけ作業は糸鋸作業に比較すれば失敗の確率は低いものの,時間おかかる集中力のいる作業であり,集中力が途切れないように休みながら行う必要があります.また完成と思ってもしばらく時間をおいてチェックするとエラーに気づく場合もありますので一晩経ってから再チェックを行うのことも効果的です.ちなみに下記のドア4枚(穴16箇所)を仕上げるのに要した時間は約2.5時間でした.なお窓部以外のヤスリがけ作業もほぼ同じ手順で行いました.

・ヤスリがけの精度
ヤスリがけの工程は手作業ですので精度には限界があります.私の参考にしたTMS誌”キユ25の作り方”では切断と同様”罫書き線が消えるまでヤスリがけする”と簡単に記載されています(上に紹介した手順と同様まずR部を先に仕上げることにも言及されています).ただ色々な条件によるとは思いますが私が行なった実際の作業では私の引いた強めの罫書き線の幅をヤスリの1ストロークで一気に削り込むことはできませんでしたので,慎重に作業を行えばヤスリ作業で大幅な寸法逸脱が発生することはなく,時間と集中力は必要なものの切削時のヤスリの当て方に慣れてしまえば形状を罫書き線どおりに仕上げるのはそれほど難しい作業ではないと思います.
具体的にいうと仮に罫書き線の太さ(幅)が0.1㎜とすると,罫書き線が削られ始めて削り取られるまではの削り量は0.1㎜になりますが,上記のように精密ヤスリを用いて軽めの力をで削る場合にはその罫書き線を消すまで材料を削り込むためにはヤスリを数ストローク動かす必要がありますので,罫書き線が削られ始めた後罫書き線が見えている間に作業を終了すれば誤差は0.1㎜以下となります.このように考えるとヤスリ作業は慎重に行えば結構よい精度で仕上げることが可能です.また見方を変えれば実物を縮尺した寸法で正しい形状の部品ができるか否かは設計と罫書きに殆んど依存しているいうこともできます.なお,窓抜きに関してはこの後窓の周囲にテーパーをつける作業が発生しますが,私はこの作業は組み立て後行いましたのでそれについてはまた項を改めて紹介します.
最後までお読みいただきありがとうございました.次回は側板の曲げと組み立ての手順を紹介したいと思います.