前回のスハ43系客車に続き、今回は10系寝台車の床下の写真をご紹介させていただきます。

1980年ごろ、東北新幹線開業までは、早朝の上野駅には夜行寝台急行列車が各地から到着していました。これからご紹介する写真は、それらの列車に使用されていた10系寝台車の写真です。

<スハネ16・寝台側>


The Repository of My Rail Hobbies
The Archives of My Rail Hobbies over 50 years
前回のスハ43系客車に続き、今回は10系寝台車の床下の写真をご紹介させていただきます。

1980年ごろ、東北新幹線開業までは、早朝の上野駅には夜行寝台急行列車が各地から到着していました。これからご紹介する写真は、それらの列車に使用されていた10系寝台車の写真です。

<スハネ16・寝台側>

前回、1980年代に製作した国鉄一般型客車、10系客車のオハフ33、スユニ60、オロネ10の模型と、製作当時撮影した実物車両の写真を紹介させていただきましたが、今回はその頃撮影した客車の細部写真を紹介させていただきます。模型車両製作の参考になれば幸いです。
1980年代初頭、東北新幹線開業前には東京でも、上野駅に行けば東北、高崎、常磐線の普通客車列車を見ることができました。また各地からの夜行急行列車も数多く運転されておりました。これからご紹介する写真は、それらの列車に使用されていたスハ43系の細部を撮影した写真です。

<スハ43系>
まずはデッキ部から。以下の写真はいずれも1980.3に上野駅で撮影したものです。

今まで客車の模型として、北海道の急行ニセコ、夜行急行列車の編成を紹介させていただきましたが、今回はそれとほぼ同時期に製作した国鉄一般型(旧型)客車の模型と、当時撮影した実物の写真をご紹介させていただきます。製作時期は、今から40年近く前の1980年代です。
1980年代は、まだ各地に一般型(旧型)客車が運用されており、東京の上野口でも高崎、東北、常磐線の普通列車の一部に郵便車・荷物車を連結した客車列車が運用されていました。80年代ともなると上野口では流石に使用されているほとんどの車両がスハ43系になっていましたが、東日本では東北地方の普通列車にまだオハ35、スハ32、オハ61等が運用されていました。

そんな列車の中でも、列車の最後部に戦前型のオハ35(オハフ33)が連結されていると、凝った作りのデッキ部の絞られた車端部の造作がよく目立ち、列車として一種の優雅さを醸し出していたという印象がありました。

<オハフ33>
以下ご紹介させていただくオハフ33は、上記イメージを再現させるために作成した車両です。谷川製作所製のバラキットを組み立てました。

写真を見ていただくとわかると多いますが、この車両は雨樋なしの張り上げ屋根の車両として製作しました。オハ35の中には、試作的な要素を含んだノーシル・ノーヘッダーの車両や張り上げ屋根の車両が存在していたようです。当時私の客車バラキットの組み立ては、1973年にTMS誌に掲載されたなかお・ゆたか氏執筆の”客車の実感を求めて−ピノチオ製キットによる各種の試み−”という記事をを全面的に参考にしていましたが、その中に張り上げ屋根のオハ35系の作例がありました。その後、北海道で戦後型ではあるものの張り上げ屋根のオハ35を見る機会があり、それらのイメージをもとに、この車体を作成しました。なお、オハフ33にこのタイプの車両があるかどうかは不明です。

今回はカツミのバラキットを組み立てた北海道タイプのC57を紹介させていただきます。この車両は以前このブログでご紹介させていただいた北海道の夜行急行列車を牽引させるために製作した車両で、1990年ごろの作品です。

私が鉄道に興味を持ち始めた1965年ごろは、まだ全国各地の100両近いC 57が稼働していたようです。東京でもまだ上野駅に成田線の列車が乗り入れていましたが、私が鉄道写真を撮りはじめた1969年ごろ、ほぼ同時期に東京のC57は姿を消してしまいました。当時は現在のように地方に気軽に行ける時代でもなく、大学入学の頃には蒸気機関車自体が運用を終了してしまいましたので、私は当時の実際に客車を牽引して走るC57は見たことがありません。
機体は前述のように北海道の夜行急行を牽引させるイメージで作成しましたので北海道タイプとしてありますが、特定ナンバー機ではありません。この83号機が北海道に配置されていたかどうかもよくわからなかったのですが、今回調べてみたところどうも北海道には縁がなかったようです。

北海道タイプのC57は東京では当時の交通博物館に保存されており、保存状態としては申し分ない形で保存されていました。製作に当たってはその機体を全面的に参考にしました。余談ですが、東京にある蒸気機関車の保存機は交通博物館(現鉄道博物館)のC57をはじめ、上野の国立博物館のD51、羽村動物公園のC58等、北海道型の機体が多く、この意味では北海道型の機体は東京では資料が集めやすいかもわかりません。
“模型車両の紹介:北海道のC57” の続きを読む今回はGroßfurra駅の駅舎を紹介させていただきます。建物はイメージに合うプロトタイプをWEBサイトの検索で選びましたので、プラキットはありません。必然的に素材からの自作となります。

<Großfurra駅>
前述のように、この駅舎を選んだのWEB SITEを色々検索した結果なのですが、イメージを膨らませるためにこの町と駅のことを少し調べてみました。地図アプリでGroßfurraを調べると街はドイツの中部にある農村地帯のようです。DBの乗り換え案内でGroßfurra駅へのアクセスを調べてみると、この駅は日本からの飛行機の到着地として日本人にも馴染みの深いFrankfurt駅からIECで1時間ほどのKassel駅で乗り換えてLeipzigからHalle方面に向かうRegio Expressで約45分、Wolkramshausenという駅から10分ほどのところにあります。時刻表を見ると朝5時30分からほぼ1時間おきに列車が発着、終電は23時すぎのようです。終着駅ではありませんが、偶然にもイメージはぴったりです。最近は上記の程度の情報であればgoogleやDBのウエブサイトで容易に検索でき、また地図アプリで上空からの写真や周辺の写真も見ることができます。便利な世の中になったものです。
<駅舎の製作>
下図は製作にあたり書いたイラスト(図面)です。この図に従って政策を進めましたが、製作時に少し変更した部分もあります。図面の製作のあたっては、KibriやVollmer等の余剰パーツのドアや窓と写真の印象より建物の寸法を割り出して図面を作成しました。これらのメーカーの建物の全体的な寸法も参考にしてあります。素材はタミヤのプラ板、厚さ0.5㎜と1.0㎜です。また、屋根にはVollmerの#46032を使用しました。


<建物の製作>
まず建物の外壁を作成します。外壁の素材は厚さ 1㎜のプラ板です。この建物は窓の部分が奥まっていますので、窓部分はまず1㎜のプラ板を2枚貼り重ねて糸鋸で窓を抜き、さらに1㎜のプラ板を貼り付けて窓の外周より1㎜内側に窓を抜き、さらに0.5㎜のプラ板で窓枠を作成しました。


この建物は2階部分が1階部分より張り出していますので、まず1階部分を箱状に組み立てた後、厚さ0.5㎜のプラ製の帯板を2枚挟んで2階部分を組み立てます。
“レイアウトの製作:自動運転を前提としたレイアウトセクションの製作 <10>” の続きを読む前回、石粉粘土、シーナリープラスターによる地面の造成作業の前段階までを説明しましたが、今回はその後の地面の造成作業とバラストの散布を説明させていただきます。
<駅部分のベースの作成>
地面は駅の部分一帯も含みますので、地面の造成にはまず駅の構想を練ることが必要です。駅の構想の大まかな部分は最初のイラストの段階で概ね決めました。そのイメージで作った駅舎と駅の製作途中の写真が以下の写真です。

<駅のプロトタイプの選定>
話が前後してしまいますが、まず駅のプロトタイプ選定の経緯について説明します。駅の構想をすると言っても外国のローカル線の終着駅などもちろん行ったことはなく、皆目具体的なイメージがわきません。そこで、自分の行った日本の終着駅の規模感をイメージしながら、駅のホームは大社駅では立派すぎ(もちろん駅舎は論外)、湧別駅では寂れすぎ、稚内駅ではホームの上家が立派すぎ・・・とか考えながらかたっぱしからwebサイトを漁りました。



具体的には「ドイツ」「駅」「支線」とかいう言葉をGoogle翻訳でドイツ語に訳して(Deutsch 、bahnhof、 Nebenstreckeとか)画像を手当たり次第に検索して自分のイメージに合う画像を探すという作業をしました。
その結果見つけたのがドイツ中部にあるGroßfurraという駅で、駅舎はその駅舎をプロトタイプに作成しました。Großfurra駅は終着駅ではないようですが、ホームはコンクリート(アスファルト)ではなく土ですので、ホームも土のホームとしました。

土のホームの寸法は前回説明したMärklin Magazinに断面図がありましたので、その断面図を参考にしました。
“レイアウトの製作:自動運転を前提としたレイアウトセクションの製作 <9>” の続きを読む<レールの塗装>
自動運転シーケンスの作成と集電性の確認も終わりましたので、レイアウトの工作に戻ります。レールが所定位置に固定されたら次に行うのはレールの塗装です。

その前に今回参照した参考書を紹介します。参考にしたのはMärklin Insider Club の会報であるMärklin Insiderの2000/6(2000年12月号)から9回に渡って連載されたKattenforst Layout ,A Layout with K track for beginnersというレイアウト製作法の記事です。現在Märklin INsider Club の会報は2ヶ月に一回、NEWS というMärklin Insider Club会員のための情報が記載された冊子と、街の本屋等でも売られているMärklin Magazinの2冊が送付されてきますが、当時はMärklin Insiderという会報が1冊送付され、その中にこのようなレイアウト製作記事等、模型雑誌的な記事が掲載されていました。記事の題名はK track for beginnersとあり、初心者向けのようにも思えますが、記事の内容は結構高度であり、Märklin はK trackのbeginnersのレベルを決して初心者ではなく結構経験を積んだモデラーに設定していることを伺わせるものでした。

レールの塗装にはRevel Color の品番#83という塗料を使用しました。これは上記の記事でレールの塗装に使用されている塗料と同一です。日本で広く市販されているタミヤカラーは金属に塗装するとすぐ剥がれてしまい使えませんが、Revell Colorや Humbrol colorは金属に塗装してもそれなりの塗膜強度は確保されます。現在Humbrol colorは日本では非常に手の入り難い塗料です(一時は完全に供給が途絶えていました)が、Revell Colorはドイツレベルの製品として、日数はかかるもののかなりの種類がヨドバシ・ドットコムでも入手可能です。#83はFlat Rustという名称の錆色でタミヤカラーやHumbrol colorでは製品化されていない色のようです。レールへの塗装は、まずラッカーシンナーを綿棒に染み込ませ、レールをゴシゴシ吹いてレールの油分を除去した後、マッハ模型製のエッチングプライマーを筆塗りし乾燥後に錆色を塗装しました。このレールの材質に対するエッチングプライマーの効果の程は不明ですが、真鍮へのラッカー塗装ではかなり効果があることが十数年後に再塗装をしようとして塗料を剥がそうとするとわかります。

レールは枕木側にはみ出し気味に筆塗りしていきます。枕木の犬釘部分の凹凸部は塗料を塗り付けるのではなく筆につけた塗料をその部分に置いていく感じで塗装していきます。レールの踏面は後で塗装を剥がすので塗装不要ですがはみ出しは気にせず塗装してしまいます。ただ、分岐器のクロッシング部のウイングレールは実物では車輪が通らずレール踏面は錆色のままですので塗装後塗料は剥がしません。この部分は確実にレールの上面まで塗装するようにします。

しばらくレイアウト製作記事が続いたので、少し話題を変えて、今回はペーパー製の中央東線の旧型国電をご紹介したいと思います。この車両は、このブログに製作過程を紹介させていただいた上越線の70系を製作する前に製作した車両で、いわば湘南型前面を持つ旧型国電の習作といえるものです。この旧型国電という名称なのですが、最近世間を騒がせている新型コロナウイルス でそもそも何が「新型」なのか、また、あまり考えたくはないのですが次にまた人間にとって有害なコロナウイルス が出てきたら、今の新型コロナウイルス は何て呼ぶのだろうかなどと考えると、鉄道ファンが普通に使っている旧型国電、新性能電車、新系列気動車等の新旧はなんなんだろうなどと思ってしまう今日この頃です。海外では新型(novel?)コロナウイルス という呼称は一般的ではないようですし、欧州のメーカーカタログにはほぼすべての車両に活躍した年代がERAという統一表記で記載されています。これも文化の違いなのでしょうか。

話を元に戻します。今回は模型の紹介は後回しにして、今回はまず実物について、私の撮影した写真を紹介させていただきたいと思います。

私が初めて中央東線の70系を見たのは小学生の頃でした。当時はまだSLブームの前であり、鉄道ファンはまだ一般的にはあまり認知されてなかったように思います。ファンの人口も今よりは少なく、そのせいか、当時電車区を突然訪問して中を見学させて欲しいお願いすると、職員さんが嫌な顔もせず中を案内してくれて、留置してある車両の運転台にも乗せていただけました。突然の訪問で今思えばご迷惑をおかけしたと思いますが、当時はそんな時代でした。その時三鷹電車区で撮影したのが下の写真です。写真からわかるようにクハ76が181系の横に右側が切れて写っています。当時小学生の私の興味は旧型電車や蒸気機関車よりもやっぱり「あずさ」でした。

<自動運転プログラムの作成>
下の動画が今回作成したセッションの動画です。このセッションは概ね<その3>に記載した脚本に従って作成したものです。実際には14分のセッションですが、動画は列車の停車時間等を短縮して8分強に編集してあります。
今回作成したセッションの各車両の動きは<その3>に記載した下記の脚本からm84デコーダーによる駅舎の電灯制御を除いたものになります。[ ]で追記したのが制御対象の車両です。車両の説明は<その3>をご覧ください。
1)夜明け、駅員が起きて駅舎の宿直室の電灯が灯り、その後事務室、待合室の電灯が灯る。
2)しばらくすると場内信号が青になり、始発列車がやってくる。始発列車は乗客が少ないので蒸気動車の単行列車。[XDR1011}
3)信号が青になり始発列車が出発する。[XDR1011}
4)周囲が明るくなり、駅の電灯が消灯する。
5)通勤時間帯となりやってくるのは収容力の大きなプッシュプルトレイン。[BR218]
6)信号が青になり折り返しのプッシュプルトレインが出発する。[BR218]
7)次にやってくるのは2両編成のレールバス。[VT95]
8)そのレールバスが出発すると再び乗客が少なくなりやってくるのは貨車を引いた蒸気動車。[XDR1011}[VT95]
9)蒸気動車が客を下ろすと信号が入れ替え作業を許可する現示となり蒸気動車が貨車を貨物ホームに移動させ貨車を貨物ホームに移動させ再びホームに戻る。[XDR1011]
10)蒸気動車の入替作業が終わるとしばらくしてやってくるのはプッシュプルトレイン。[BR218]
11)プッシュプルトレインが到着すると蒸気動車が出発。[XDR1011]
12)夕方になると駅の電灯が灯ってプッシュプルとレインが出発する。[BR218]
13)その後レールバスが到着し、折り返していくと夜になり乗客の数も少なくなりやってくるのは蒸気動車の終列車。[XDR1011]
14)終列車が出発すると駅の電灯が消灯して一日が終わる。まず事務室と待合室の電灯が消灯し、しばらくすると宿直室の電灯が消える。[XDR1011]
CS3で自動運転を行う際のEVENT(ロコシーケンス)の作成方法は以前のブログで紹介しましたが、今回の作成方法もその方法と同一です。
“レイアウトの製作:自動運転を前提としたレイアウトセクションの製作<7>” の続きを読む今回はレイアウトの配線の詳細を説明します。その前にその3に掲載したコンタクトトラックとシグナル、分岐器の配置と名称を記載した図を再掲します。

<使用したデコーダーと接続先>
今回のレイアウトに使用したデコーダーと設定したアドレス、接続先の一覧を下表に記載します。このレイアウトでは分岐器用のm83デコーダーを2個、Uncoupler用のm83デコーダを1個、コンタクトトラックの接点が接続されるS88 Linを1個、シグナル付属のデコーダーを4個使用しています。

m83デコーダーは分岐器用にmfx対応の製品、Uncouplerには旧製品を使用しています。アドレスの設定方法は一度覚えてしまえばそれほど難しいものではありません。Uncouplerはm83デコーダーの#1端子の分岐器切り替え用の端子2箇所にそれぞれUC1,UC2を接続してあります。
<シグナル>
シグナルは駅入り口は一般的なHome Signal(3現示)を使用しています。各引き込み線には入替作業の実施を想定し、入替許可現示のあるシグナルを使用しました。赤2灯がStop and No Switching、赤一灯と白2灯がStop,Swiching Allowedを意味します。詳細な規則についてはこれから勉強です。欧米の模型雑誌を読んでいると、信号の表示や汽笛の吹鳴パターンの説明に、よく規則XX条YY項が要求するものという説明が出てきます。またWEBサイトにも鉄道ファンがまとめたと思われるかなり詳しいそれらの規則が掲載されています。日本ではそのような解説はほとんど見かけませんが、これも日本と欧米の文化の違いが趣味にも現れているということでしょうか。