手持ちの台車を使用して製作したペーパー車両(3)

165系”アルプス”と20系”あさかぜ”:165系の模型化設計


今回製作する形式と列車のイメージが決まったところでそのイメージを表現する模型化設計に入ります。
「模型化設計」,「模型化設計図」という言葉は昔はよく耳にしましたが、ペーパー、金属を問わずスクラッチビルドで車両を製作するモデラーが減ったせいか、この言葉は以前より目にする機会が減ったように思います。通常、模型化設計と言ってもメルクリンのUIC ~X(m)タイプの客車のように基本的な寸法の変更は不要ですし、ペーパー車体の構造や製作法もほぼ確立しています。今回の製作に当たってもその内容を大きく見直すつもりはありませんでしたが、模型化設計の中で前回まとめた各車両に対するイメージを表現するのには各部の寸法をどう決めたら良いか、各部にどのような構造を採用すればばらつきなく正確な形状が作れるか等を検討します。

<165系とクモニ83・クモユニ82の模型化設計>
設計にあたりまず実車の寸法が記載された図面が必要ですが、手元に機芸出版社発行の日本の車両スタイルブック(第6刷:1974年発行)がありますのでそこに掲載されている153系の図面を参考にすることにしました(165系と153系の基本寸法は一部を除き同一です)。

まず図面のコピーに80分の1の換算した寸法を記載していきますがその時の寸法の最小単位は0.25㎜(1/4㎜)としました。特にイメージに合わせた意図的な寸法変更は行っていませんが、幅の広い部分と狭い部分があったときにはその寸法の片方を切り上げ、片方を切り捨てすることによりさを強調しています。例えばユニットサッシの枠の幅は下側が40㎜(0.5㎜)、その他が55㎜(0.69㎜)ですが、この部分の寸法はそれぞれ0.5㎜、0.75㎜としてあります。また全長をスケール通りにするために個々の寸法の端数を無理に調整することはせず、全長を変化させています。その他、窓の天地寸法、雨樋位置等はスタイルブックに詳細な寸法が掲載されていますのでそれを参考にしました。設計で留意した部分は以下のとおりです。


・ 編成
プロトタイプは松本運転所所属の8両基本編成とし、新宿方より
[クモハ165]+[モハ164]+[サロ165}+[サロ165]+[サハシ165]+[クモハ165]+[モハ164]+[クハ165]
の実物どおりの8両編成としました。中央線用ですのでモハは低屋根の800番台です。また手持ちの台車にDT24(TR58)がありましたのでサハシはサハシ153から改造された50番台としました。グリーン車は当然?等級帯付きです。
・ 車体の構造
車体構造は側板はペーパー、屋根に木製屋根板、側板上下に補強として3×3檜角材を用いたペーパー車体としては一般的な構造です。床板は1㎜のプラバンとしました。特に車種により車体の構造は変えていませんので設計は普通車、グリーン車、サハシのビュッフェ部の窓構造をどのような構造で製作するかがポイントとなります。
・ 普通車のユニットサッシ
実物の車両で車両の窓部分を車両構体とは別に製造し、後から車体にはめるという構造は今日も幅広く採用されておりますが、この構造が最初に導入されたのが165系の前身である153系でした。この構造は交直両用急行型電車にも継承されユニットサッシはいわば急行型電車の象徴のような存在でした。この構造を模型化しようとすると最大の難関(設計で考慮すべき点)は奥行き方向の表現ではないかと思います。例えば車体を0.25㎜のペーパーで製作し、そこに窓ガラスを貼り付けると車体と窓ガラスの段差の実寸法は20㎜になります。しかしユニットサッシの枠と上段窓の実際の段差は10㎜以下と思われ、段差は大きくスケールオーバーします。私が今まで製作したユニットサッシの車両は側板にラベル紙を貼って車体とサッシ枠の段差を表現していましたがやはり上段ガラスが奥まった位置にある印象は避けられません。一方過去のこの部分の表現方法はいろいろな方法が用いられています。一時期いさみや・ロコ・ワークスから発売されていた12系客車はこの段差を小さくするため薄板プレス製の枠を内側からはめる構造でした。

また過去に発表されたペーパー製車両の中には窓ガラス板の外側に枠を貼った部材を側板に嵌め込むという本物の構造を踏襲したような作品もあったと記憶しています。

私は前者のペーパーキットの組み立てを試みましたがサッシ枠のプレスのダレの修正や側板との隙間を埋めるのが難しく(多大な根気を必要とするため)、早々に断念してしまった記憶があります。後者の方法も手作りでは精度を満足する事が難しそうです。一方側板にサッシ枠を貼ってユニットサッシを表現する方法は窓ガラスの位置は実物の印象より奥まりますが窓ガラスが上段、下段共一枚の板で作れるためアルミサッシの中桟の直線性が確保できることやガラス全体の平面度が良好になることがメリットとして挙げられます。その他何か良い方法はないかと考えましたが最終的には165系イメージの中のユニットサッシの窓枠が光に反射した時の美しさを表現するにはこの方法が最適と考え、今回は奥行きよりこの美しさを重視することとし、ユニットサッシの構造は側板にラベル紙を貼り付けて表現する従来行なっていた方法を踏襲することとしました。

また、この方法により窓ガラスは成形品のはめ込みとなっている市販製品よりも良好な平面度が確保できます。なお、この方法では側板の厚さを薄くすればスケールどおりの奥行き感を得ることも可能ですが、そこまで薄くするとその暑さは厚手のコピー紙程度になり強度的な問題がありますので今回も約0.25㎜のバロンケント#150を用いることとしました。
・ グリーン車の窓
グリーン車の窓はユニットサッシではなく、大きな窓の中央の少し奥まった位置にに下降窓のガイドとなる柱が立った構造です。窓の周囲に枠がないのでポイントは一段奥まった中央の柱になりますが、この部分は窓中央の柱部の位置にあらかじめ矩形の穴を開けた側板に内貼りを重ねて貼り、柱部分を残す形で窓を抜くことでその段差を表現することとしました。

また窓上部には水切りとサンバイザー?が付きますが、この部分も特徴的な部分ですので真鍮線と真鍮帯板で水切りとサンバイザーを作成することとしました。サインバイザーは実物ではプラスティック製で青色だったと記憶していますので、塗装後に色差しを行います。しかし実際にはこのサンバイザーに日除け効果はほとんどないと思われます。目的は下降窓の上辺に雨が直接当たり車内に浸み込むのを防ぐことだったのかもわかりません。
・床下機器
床下機器はフューズ箱、エアータンク等、形状が複雑なものと手持ち品があるものを除いてプラ材、木材による自作としました。前述のように165系は製造が長期に渡りまた製造後に冷房電源の増設がされていますので機器配置のバラエティが豊富です。例えば水タンクはケーシングが溶接構造の扁平タイプ、円筒タイプ、FRP製の円筒形で端面(鏡板)が湾曲したタイプがあります。またモハ164のコンプレッサはC1000が2台装備されたものとC2000が1台のものがあります。中央線の165系は比較的初期から中期にかけて製造された車両が多かったようですので今回はコンプレッサはC1000x2とし、水タンクはクモハはFRP製、その他は初期の扁平形状の溶接タイプとしました。余談ですが2種のコンプレッサは形状もさることながら作動音が大幅に異なり、C1000が「のどかな音」であるのに対し、圧縮能力が2倍のC2000は「騒音」と言ってもいいほど大きな音で、乗車していてもその差ははっきりとわかるものでした。電源車を廃止した14系寝台車のスハネフ14等、当時の国鉄は膨大な赤字を抱えこのような「騒音」には気を使う余裕がなかったのでしょうか。またこれも全くの余談ですが、歌手の矢野顕子さんの歌に”Night Train Home”という歌があります。この歌は東北本線の583系夜行寝台特急がテーマになっており、作詞は鉄道ファンで有名なくるりの岸田繁さんなのですが、この歌詞の中には、DT32,MT 54,C2000などの583系に装備された機器の名称が出て来ます。その歌詞の中ではC2000コンプレッサは「コトコト回る」と表現されています。またMT54電動機は「ギターのような唸り」です。矢野顕子さんは青森が実家でこの歌は東京と青森を往復する際に利用した寝台特急の情景を歌にしたようですが、歌の中では”朝靄の中トイレ混みっぱなし”とか”黒磯のデッドセクションでの交直切り替えの際の室内灯の消灯と一瞬の静寂の後、再び室内灯が点灯すると整流器の作動音が聞こえてくる”という情景が歌われており当時よく乗車した者にとってはこの歌を聞くと当時の情景が目に浮かんできます。以前記した中尾豊氏の「鉄道模型における造形的考察の一断面」の中に模型にとっての鉄道はあくまでも模型製作のための対象物であり、モデルの鑑賞者は自分の鉄道に対する感情(イメージ)とそのモデルを見たときの感情(イメージ)が一致したときそのモデルを実感的に感ずると述べておられますが、モデルは視覚に訴えるのに対し、視覚では認識できない音楽でも、言葉によりそのような感情を想起させることは可能なのではないかということをこの歌を聴いたときに感じた次第です。また最近、国会図書館オンラインのデジタルコレクションの中の、みずほ銀行が発行するMizho Industrial FocusのNo.113「ドイツ ミニチュアワンダーランドに見る欧州版テーマパークの成功と戦略:その運営、分析、並びに周辺環境」という文献を読む機会があったのですが、その中で、なぜ鉄道模型のレイアウトが必ずしも鉄道ファンではない来館者の興味を引くのかという分析が述べられています。その分析では「レイアウト(展示物)自体はどこかの場所を正確に縮小したものではないファンタジーの世界であるものの、そこに再現されているものは実在の車両(市販の鉄道模型)のみならず、その周囲に精巧な実在の構造物や各地のランドマークを存在させながら、実際に我々が暮らす街や工場、橋や競技場等の社会的インフラをほぼ網羅的に再現し、さらにその中に雪遊び、屋外コンサートや交通取締り等の社会描写を加えている。これらのレベルが非常に高いため、これを見た鑑賞者は旅行の思い出やまだ見ぬ地への想像を掻き立てられるとともに、その中にある社会描写に共感したり笑ったりできる」とあり、来場者の「興味と共感」がこのテーマパークの成功の一因であるいうものです。この文献は鉄道ファンではない金融機関のアナリストの分析結果ですが、内容は(2)で紹介した中尾豊氏の「鉄道模型の造形的考察の一断面」の内容と相通ずる部分があり、興味深く読みました。
それはさておき、床下機器については写真等を参考にその「図面」(絵)を書きました。これは車体はスタイルブックに模型の原寸図が載っているためそれが全面的に利用できるのに対し、今回作成しようとする床下機器は個々の寸法がわからないので写真の印象を全体のバランスを見ながら寸法を決める必要があったのがその理由です。また写真を一度「絵」にしてみることで機器の形状が明確に認識でき、どの部分を省略してもよいかが明確になります。以前業務で製品の取り扱い説明書の作成(チェック)に携わったことがあるのですが、我々が何か製品を購入した際、取扱説明書の図が写真ではなく写真より圧倒的に手間(費用)のかかるイラストになっている理由は、説明したい部位をイラスト化することにより説明で強調したい部分や形が特徴的な部分をある程度強調して表現することにより説明(文章で指示している部位)をわかりやすくなるためです。現在は3D CADの普及により、設計用のデータをそのまま簡単に線画化(イラスト化)にできるようになりましたが、対象物が複雑な形状の場合、そのイラストをそのまま説明書に載せても強調したい部分を太めの線で表現する(強調したくない部分を細くしたり省略する)というような処理がなされていないとイラスト化の効果があまり現れない場合もあります。このような経験に基づき「日本の車両スタイルブック」の「図面」をみると掲載されている「図面」は模型の図面として上記の強調と省略がバランスよく表現されているような気がします。書名を図面集ではなくスタイルブックとしたのはそのせいもあるのでしょうか。70年代のTMSのに織り込まれていた図面もスタイルブックより細密な図面ですがこの図にも同じような特徴が見られます。これは作図者である東京芸大出身の中尾豊氏の芸術的センスの賜物であるような気がします。最近のTMS誌には車両の床下や機関車の細部の実物の図面が掲載されますが、これはあくまでも模型化設計のための素材であり、このままでは模型製作には利用できず、この図面から実感的な作品を製作するためには製作者に周囲とのバランスを考慮し省略と強調を行うという模型化設計のセンスが必要な気がします。
それはさておき私は床下機器の図面として下記のような側面図と各機器の形状を斜視図で記載したものを用意しました。素材はプラバン、プラ角棒(Evergreen社製)、檜丸棒等です。形状は遮断器、MG起動抵抗器の鎧戸、フューズ箱とう特徴のある形態のものはプラバン等でできる範囲でその特徴を表現し、他の機器は箱状のものに筋彫りをしたり帯板等を貼って補強雇ってを表現しました。パイピングはMR管とブレーキ制御装置周辺のみ行っています(エアータンクの配管は省略しました)。全体的に簡略化してありますが、車体がペーパー製で金属に比べて「ポッテリ」していますのでその車体とのバランスを考えたつもりです。

床下機器の配置と制作法を検討した図

・ その他
車体形状は165系も20系客車も裾を絞った形状になっています。この車体の裾部の断面形状の寸法の詳細は不明ですがこの部分は昭和30年代に設計された車両とそれ以降の車両(客車で言えば10系、20系とそれ以降の12系、14系)と微妙に異なっている印象があります。見た目のイメージでは前者は外板がすぼまっている部分の形状が後者の形状に比べて直線的で、絞り量が少ない印象です。この裾の絞りは当時の長距離列車の象徴(通勤電車との差別化の象徴?)でしたが実際に断面形状の図面を書いてみるとこの部分を寸法通りとすると実際に見たときに絞りが目立たなくなる気がしましたのでこの部分は絞り量を少し大きくするとともに、実際の制作時には絞ってある部分の側板が平面に近いという印象を強調するために車体を曲げる際に境界の稜線をやや強調することとしました。
その他のディテールは過去の作品と同様チェックリストを兼ねたイラスト(ポンチ絵)に取り付ける部品を記載しました。なお、屋上機器は全て既製品でエコーモデル、Tomix、エンドウ、Kato、工房ヒロ製のパーツを利用しました。結構な出費になりますが、模型は上から見る機会が多いため屋上機器は既製パーツが必要と判断しました。その他の部分のパーツは自作不能なものと手持ち部品のみを使用することを心がけました(結果、使い過ぎたような気もしますが)。

<クモニ83・クモユニ82>
最初に中央線に投入されたクモニ83・クモユニ82はいずれも低屋根の800番台です。またクモユニ82は区分室があるため後に増備された車両とは窓配置が異なりオユ10に似た窓配置となっており、特徴のある車体です。そして屋根部分の構造(形状)は同じ中央線用の低屋根車であるモハ71とは車体断面が異なり、屋根のRは普通屋根の車両と同一で雨樋位置が通常の車両より低い位置にあります。また、今回製作したクモニ83は張り上げ屋根車と呼ばれる車体ですが、これは側板高さが標準的な車両より低いにもかかわらず雨樋高さを115形、165系と揃えているために雨樋位置が屋根のR部にかかっておりそれにより車体が張り上げ屋根と言われる構造になっています。この車両の制作にあたって実物の図面はJTBキャンブックスの旧型国電50年Ⅱ(著者は柳沢健一氏)に掲載されている実物の形式図を参考にしましたが、車体の高さ方向の寸法は全高しか載っていません。そこで屋根板は72系用の屋根板を使用し、全高が図面寸法となるよう側板高さを決めました。その上で簡単な図面(絵)を書いて写真と比較し、寸法を決めました。このように低屋根のクモニ83,クモユニ82は車体の断面形状が特殊なため全面のイメージも普通屋根のクモニ83,クモユニ82やその後登場した103系高運転台車とイメージがかなり異なりますので図面でこのイメージが的確に再現されているかもチェックをして運転台窓の寸法を決めました。また、側板高さが低いので幕板部の幅が少なく、クモユニ82は屋根と側板のRの境界部直下に区分室の明かり取り窓があり、さらに荷物ドアが車体から奥まった位置についていますので側板上側の補強部材は檜角棒ではなく1㎜厚のイラストボードを帯状に切断した部材としてあります。床下機器は旧型国電そのものですが一部新型電車用の機器も用いられているようですので165系同様、主制御器や遮断器等の複雑形状の部品とエアータンクを除きプラ角材、プラバンから自作することとしました。また手抵抗器はカバー付きとしてカバーは真鍮製とすることとしました。

前面の寸法、屋上の配管を検討した「図面」(絵)

以上、話がかなり脱線してしまった部分もありますが165系と荷電の模型化設計の要点について説明させていただきました。