これまで、車両製作からZゲージレイアウトを製作することを決断するまでの経緯についてご紹介してきましたが、何分レイアウト製作は初めての経験であり、いざ製作を始めようとすると全くどこから手をつけてよいかがわからない状態で、日曜大工の経験も乏しくレイアウト作成を決めた時点では製作法に記されているような作業の経験は全くと言っていいほどありませんでした。ただ、幸いなことに鉄道模型趣味(TMS誌)を1970年ごろから購読していた私は、その頃のNゲージ黎明期に編集部により解説されていた線路の敷設法、プラスターによる地形の製作、配線等の基礎的な技法に関する記事が掲載されたバックナンバーを保管していましたのでそれらを全面的に参考にすることができました。これらの記事はNゲージレイアウトの製作例でしたが、これらはZゲージでも工作法にそれほど差はないと思われましたので、今回。まずはこの記事のとおりに製作しようと決めました。具体的には台枠はフラットガーターのフラットトップ、勾配はクッキーカッター方式、地形はプラスター成形、運転方法はデュアルキャブコン方式等です。余談ですがこの種の記事は最近の雑誌にはあまり掲載されていません。当時のTMS誌のEditorである山崎主筆はTMS誌を「参考書」と言う言い方をしてこのような記事はマンネリと言われようと繰り返し掲する必要があると述べていたようにいたように記憶しています。時代が変わったせいか現在の日本の模型誌にはこのような基本的な製作技法の解説記事はほとんど見られませんが最近の方は情報をどこから得ているのでしょうか。私の最近のレイアウト製作法の情報源はModel railroder、M¨arklin Magazine等海外の雑誌で、特にModel railroder誌にはシーナリーの製作法等が比較的頻繁に掲載されます。Model railroderはネットから定期購読を申し込めば洋書店で購入するよりかなり安く、メール便で毎月届きます。
レイアウトのテーマは、比較的大きな駅(ドイツ語でいえばHauptbahnhof)がある都会をイメージしたものとしました。前述のように私はレイアウトの製作を始める前に車両工作をしており、主に北海道仕様の列車を制作し、その中で特急列車からローカル線の列車まで各種の車両(列車)を製作しましたが、完成した車両をお座敷運転レベルで運転する時には程度長編成の列車の方が面白く、そのような運転に慣れ親しんでいたこと、私が東京出身の東京在住者であまり地方で暮らしたことがなく、鉄道模型を始めた頃から鉄道模型のレイアウトは長編成列車の走る都会の風景をテーマとしたレイアウトと言うイメージがあったことが理由です。もしかしたら初めて見た神田須田町の交通博物館のレイアウトのイメージがそのまま頭に焼き付いているのかもわかりません。また、実際に接した海外の鉄道も都市の鉄道が殆どですので、海外の風景も地方より都市の風景の方がイメージしやすいのではないかと思ったこともその理由です。このようなテーマのレイアウトをHOゲージで製作することは私にとってはスペース的にまず不可能ですが、今回はZゲージを採用しますのでスペース的にもなんとかできそうです。私が鉄道模型を始めた頃はまだNゲージはあまり一般には知られていませんでしたが、しばらくした後初めてNゲージ(当時は9㎜ゲージと呼んでいました)を見た時に、その小ささに驚いたものです。そしてこのゲージはレイアウトのためのゲージであると言う説明には大きな説得力がありましが、Zゲージ(1/220)は寸法比でNゲージ(1/160)の約0.7倍ですので同一レイアウトを作成するための面積は約半分になります。これはA3の用紙とA4の用紙の大きさの差に相当しますのでNゲージでA3サイズに収まるような縮尺比で描いたレイアウトプランはZゲージではA4用紙の大きさに収まるイメージとなります(A3サイズの書類をA4サイズに縮小コピーするイメージです)。この差は意外と大きいものです。メルクリンはZゲージのスケールを決めるにあたり同じ線路配置のレイアウト面積がNゲージの半分になると言うことを意識したのでしょうか。
このようにレイアウトの基本部分の製作法とテーマは概ね決定でしたのですが、作成開始にあたり事前にもう一つ考えなければならなかったことがストラクチャーのrealism level です。レイアウトはテーマを都会の風景とすると比較的多くの建造物が必要ですが、Zゲージの建造物のプラキットは発売されてはいるものの、種類はHOゲージに比較すれば少数でそれらで全てを賄うことは不可能です。そうするとある程度の量の建物を自作しなければなりません。またフィギュアも発売されていますがやはり種類は少なく、バス停や道路標識、電話ボックス等都会で見られる建物以外の小物も殆んどありません。したがってある程度自作せざる得ないと思われます。結果
・果たして1/220で市販のキットとバランスの取れた(realism level が同一の)建造物が製作できるのか?
・それらしい(建造物と釣り合うrealism level の)小物が製作できるのか?
の2点が検討すべき大きな課題として浮かび上がりました。しかし、このようなことを考えて悩んでいたとき、市場にEvergreen社のプラ製の型材が各種販売されていることを知り、これを使用すれば建物の柱や小物の構造物が製作可能ではないかと思うに至り、既定方針どりのテーマとしました。果たして製作できるかという不安はありましたがテーマを変更するとモチベーションが維持できるか心配だったことも理由の一つです。一方海外の建造物等は日本型レイアウト製作に比較すると圧倒的に情報不足ですのでこの部分の情報は実際に海外に行って風景を見た時の断片的な印象と雑誌の写真、TVで放映される映像等が全てになります。これは日本型レイアウトを製作することに比較すれば圧倒的な情報不足です。一方、別の見方を変えれば実際の体験がゼロではないものの乏しいことは、情報の細部にフィルタがかかりその中からエッセンスを抽出してそのイメージに基づき町並みを構想することができ、ある意味あまり細部にこだわらずに構想や製作を進められるという言う面もあるような気がします。特に欧州の街並みは日本のように建物の形状がまちまちではなく新しい建物も古い建物とのバランスを考慮して建てられており、看板等の数や色彩も日本の街ほど雑然としていませんので街並みのイメージを構築しやすいようにも感じました。また、個々の建物のイメージの構築については国内にも東京駅をはじめとして海外の建物を模倣?した建築物が比較的多くっていますのでそのような建物も参考になりそうです。これは全くの想像ですが日本に旅行でした来たことのない海外のモデラーが日本型のレイアウトを作るよりは我々が外国型レイアウトを製作することのほうがハードルが低いような気もします。
そしてこの辺りまで考えると色々考えているより実際に建造物キットを組み立て、その建物と違和感のない(realism levelが同等の)建造物が自作できるかを確認した方が良いのではないかと思うようになり、資料集めと並行して市販の建造物キットの組み立てと自作の建物の製作を行なってみることにしました。当時Zゲージの建造物キットはKibri,Vollmer,Faller社より発売されておりましたが、都市部の建造物はほぼKibri製しか選択肢がありませんでしたのでその中から数種を選んで組み立ててみました。部品は全て再塗装しましたが特に改造はせず、そのまま組み立ててあります。部品は流石に小さく、合わせ目の隙間を修正するのに手間がかかりましたが想像していたよりは簡単に組むことができました。
建造物のキットはこのような「普通」の建物の他にはドイツ特有の木組みの建造物のキットもありますが、流石にそれらを混在させるわけにもいきませんのでほとんど使用していません。ただ、実際に制作してみると上記のようなアーケードや塔のある複雑な外観をした建物はとても自作できるものではないと言う気がしましたので、自作する建物は比較的大きなものでこれらの建物より後の時代に建設された形状が単純なものを製作してみることとしました。ただ、そのような外国の「平凡な」建造物の資料は乏しく、欧州の街中を移したTV番組等の映像に出てはきますがなかなかイメージが湧きません。また実際に欧州まで見に行くことも不可能です。そこで注目したのは当時の東京駅周辺の建物でした。丸の内には東京駅や三菱2号館等、欧州の建造様式を模倣したような建物もありますが、それらの建物のは上記のプラキットより形状が複雑でとても自作できる代物ではありまん。私が注目したのがその周辺にある建物です。当時は東京駅周辺はまだ再開発前で旧丸ビル、国鉄本社、東京中央郵便局、日本工業倶楽部等がまだ健在でした(今も健在なものもあります)。実際に駅前に立つとこれらの建物は煉瓦造りの壮大な建造物である東京駅に対してその建物とある程度バランスを考慮してデザインされているのではないかと感じ、これらの建物を参考にして建造物を自作すると市販キットとのバランスが取れ、realism levelも満足できるのではないかと考えました。そこで実際にそれらの建物の写真を撮影し、具体的な設計に入りました。また建物の一つは百貨店にすることにしましたので合わせて日本橋三越、高島屋等も参考にして製作しました。
そして完成した自作の建物が以下の建物です。その一部には上記建造物キットの余剰パーツを使用しています。海外の建物キットは共通の型で各種の建物ができるように設計されていますので一つのキットから余剰パーツが比較的多く発生しますのでそれを流用しました。
具体的には壁面をフラットとせず窓部を一段凹ませたり建物下部のショーウインドウの部分の柱と壁面の段差を強調して別の色のする等を対応をおこないました。自分としてはこのような対応でなんとかキットと自作建造物の統一(realism levelの統一)はなんとか達成できたのではないかと判断し、いよいよレイアウトの製作をを本格的に進めることとしました。
なお、住宅についてはKibri,Vollmer社から比較的多くの種類のキットが発売されていますので、それを使用しています。また、小物については当初の計画通りEvergreen社のプラ製の型材を使用して製作しました。小さくてかなり苦労しましたがなんとか形にはすることができたと思っています。またフェンス、ガードレールは1/200の建築模型の素材を使用しています。価格的には結構高価ですが量がそれほど必要ではないのでそれほど費用はかからずに済みました。
実際にレイアウトを着工してみると車両工作に比較して実にやることが多数ありしかも経験したことない工作(日曜大工的な仕事)も多数あります。頭の中で考えた3次元の構造物を構想して製作しますので車両製作にはないセンスも要求されます。最初は非常に戸惑いましたが慣れてくると今までにはない楽しさが味わえたような気がします。ここまで書いたところでModel Railroader誌の最新号が届きましたがそのFrom The Editorのお題は”Model railroading could save your life”というものでレイアウト製作はやることが多岐にわたり製作手順の計画も複雑なため礼会うt制作は「ボケ防止」になるといったような内容でした。私がレイアウト製作を開始した年齢はまだ「ボケ」を意識する年ではありませんでしたが現在のではこの言葉が現実味をおびてくる年になってしまいました。私は退職前は新製品開発のプロジェクト管理業務を行っていましたが、もしレイアウトを複数人で製作するプロジェクトとして実行しすることを考えるととその工程はかなり複雑になるような気がします。設計者や作業者とテーマ(製品で言えば完成した時の製品のイメージ)を共有することは感性を共有することが必要で、工業製品より難しそうです。また各工程の成果物の良否判定は他工程の成果物のバランスで微調整が必要な部分もありそうで、そこには事前に数値で表せないセンスも必要そうです。展示用レイアウトならともかく、あるテーマを設定したレイアウトを複数人で粛々と完成させるのは非常に難しく、結局一人で進めるのが一番簡単なような気もします。そして見方を変えればこの多岐にわたる工程を全て自分が主体となって進めながら最終的に完成させることが趣味としてのレイアウト製作の醍醐味であるような気がします。これは全くの余談ですが、以前紹介した小説、トーベヤンソンの「人形の家」は複数人でドールハウスを作る過程でその作成者が意見の違いから「喧嘩」を始める物語ですが、この喧嘩をするメンバーはこのドールハウスの製作者ではなくいわば「助っ人」で喧嘩の原因はいわばある部分のrealism levelの相違です。トーベヤンソンは実際に「ムーミンハウス」の制作にも携わったということですが、これはその時の実際の体験なのかもわかりません。また、以前から引用している中尾豊氏執筆の鉄道模型の造形的考察の一断面の中で、氏は「鉄道模型は工業製品でもなく芸術品でもない」と述べておられますが、実際にレイアウトを製作してみるとレイアウト製作は工業製品を製作する作業ではないし芸術作品を創作する作業でありませんが、実物世界を縮小して再現する過程で実物にとらわれない創造力とセンスが必要であり、そこに車両工作では味わえない面白さがあるような気がします。