鉄道趣味を50年続けて思うこと(3)~芸術と鉄道・映画の中の鉄道模型(鉄道趣味とジェンダー)~

映画には鉄道が出てくるシーンが多数あります。かつてのSLブームの頃は高林陽一氏が監督をした「すばらしい蒸気機関車」という作品がロードショーで封切られ、私も中学生の頃、鉄道模型百年の記念に東京ー桜木町間を走ったD51を有楽町で見た後、日劇(丸の内東宝)でその映画を見たことを覚えています。その他、鉄道員の人生をテーマにした作品は数多くありますが、それらは鉄道愛好家の方であれば大体ご存知と思います。しかし今回はそのような映画ではなく、鉄道とは全く関係ない映画の中の鉄道(鉄道模型)が出てくるシーンでで印象に残っているシーンを挙げて、それに関連して趣味とジェンダーについて考えてみようと思います。
その映画は2015年に公開された「キャロル」という映画です。この映画は内容はまだ性の多様性が認められていなかった1950年台の女性同士の恋の物語で、内容は鉄道とはまったく関係ありません。

原作はPatricia Highsmith(1921-1995)の小説 「The price of Salt」だそうです。Patricia Highsmithはアラン・ドロンの映画で有名な「太陽がいっぱい」の作者でもあります。この映画で鉄道模型が出てくるシーンは冒頭でケイト・ブランシェットが演じるキャロルとルーニー・マーラが演じる写真家志望のアルバイト店員テレーズが初めて出会うシーンです。

クリマス間近のニューヨーク、デパートに娘のクリスマスプレゼントの人形を買いに来たキャロルは、人形売り場の店員テレーズに「あなたはクリスマスプレゼントに何が欲しかったの?」と尋ねます。その時テレーズは「ライオネルの鉄道模型セット」と答え、映像にはショーウインドウの中でOゲージの鉄道模型が走っている映像が流れ、ここからふたりの関係が始まります。鉄道模型が出てくるこの場面はこのシーンだけなのですが、私には性の多様性が認められていなかった時代の中での趣味とジェンダーをの意識を利用したシーンのように感じられ、それが印象に残っています。(ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラはこの映画でカンヌ映画祭、アカデミー賞等の主演女優賞・助演女優賞にノミネートされています)。原作の小説でもテレーズが自分が担当している人形売り場の人形よりも近くのおもちゃ売り場の機関車に魅力を感じていることが描かれています。米国のModel Railroader誌のレイアウト記事の中で作者が自分と鉄道模型との出会いはクリスマスプレゼントにもらったライオネルの鉄道模型セットと述べている記事をよく見かけますが、雑誌にレイアウト記事を発表しているそのような方の作者紹介欄をみると、私と同様子供の頃の時代はこの映画のような時代だったのではないかと思います。私もその方々と同年代なのでこのように感じたのですが、今の若い方々はどのように感じるのでしょうか。なお、日本における趣味とジェンダーの歴史については青弓社から発行されている「趣味とジェンダー(神野由紀/辻泉/飯田豊 著)」という本にが詳しく解説されていますので興味のある方は参考にしてください。私が子供の頃、模型店には〇〇教材という屋号の模型店が多くあり、なぜ模型が教材なのかと疑問に思っていましたが、この本を読むとこれは戦前の「科学少年を育てる」という富国強兵政策の名残りであることが解説されています。ただ、アメリカで当時このような政策があったのかは私にはわかりません。一方、現代に目を転じると、毎年クリスマスの時期になると公開されるメルクリンのプロモーションビデオの少なくとも直近2年間の登場人物は父と娘ですし、子ども向けのProduct LineであるM¨arklin My Worldのコマーシャルフィルムにも男の子と一緒に鉄道模型で遊ぶ女の子が頻繁に登場します。実際にもMärklin Insider Clubの会報やMärklin TVではMärklin社では社内で活躍している女性がよく登場しますし、今年のRoco社の新製品カタログでは冒頭に社内で活躍する女性が紹介されています。また米国Model Railroader誌冒頭のスタッフリストの中にも数人の女性と思われる名前が掲載されています。これは欧米では日本でも最近話題のジョブ雇用が行われているせいかもわかりませんが、日本の鉄道模型界や雑誌編集のスタッフにも女性が進出してくるとまた少し異なった世界が開けてくるのではないかとも考えられます。実物の鉄道趣味の世界では女性の鉄道愛好家が増えている(鉄道趣味が一般的になりカミングアウトする方が増えた?)ようで、女性が描いた鉄道紀行も数多く出版されていますがそれらを読むと内田百聞氏や宮脇俊三氏の鉄道紀行とはまた違った趣(観点)があるようにも感じます。この辺りについては機会をみつけて後日感じたところを述べてみたいと思います。
映画の話題からだいぶんそれてしまいましたので、最後に冒頭に記載した「すばらしい蒸気機関車」の当時のパンフレットを掲載してこの項を終わりにしたいと思います。

DVDは紀伊国屋書店から発売され現在でも入手可能なようです
音楽を担当したのは後に映画監督として有名となる大林信彦氏です、右ページの広告のように家庭で気軽に映像を楽しむことができなかった当時は蒸気機関車の音を録音したレコードが多数発売されていました。
映画は純粋なドキュメンタリーではなく「機関車に恋する少女」が登場し、当時の(純粋な鉄道マニアを自認する?)鉄道マニアの間では批判が沸き起こりました