鉄道趣味を50年続けて思うこと(2)~芸術と鉄道・小説の中の鉄道~

前回、”鉄道と美術の150年”の見学をきっかけとして鉄道模型と芸術の関係(違い)と最近での鉄道模型雑誌に対して思うことを記載させていただきましが、今回は少し趣向を変えて美術以外の芸術の中に出てくる鉄道に関して私が今まで接した作品の中から印象に残っているものを紹介させていただきたいと思います。
近頃マスメディアにも「鉄道オタク(鉄オタ)」という言葉が出てきます。私も紛れもなくその一人ではあると思うのですが、この言葉には「撮り鉄」「乗り鉄」「模型鉄」等の言葉が表すように鉄道そのものを中心に据えて色々なことを楽しむ(追求する?)という活動のイメージがあります。一方、鉄道は長年に渡り人々の生活の中に浸透していますので美術以外の色々な芸術作品の中にも鉄道は現れます。そこに現れる鉄道は鉄道をそのまま描写したものばかりではありませんが芸術家(創作者)が鉄道のどのような部分を抽出して読者に訴えかけているかを考えると色々興味深いところがあるような気がします。

<鉄道と小説・トーベ・ヤンソンの”機関車”>
鉄道を題材とした文学の中には宮脇俊三氏の作品に代表されるような鉄道紀行のジャンルがあります。それ以外のジャンルの文学でも鉄道は小説の中には頻繁に登場しますが、そのような小説とはちょっと異質で私が印象に残っている作品は、ムーミンの作者として有名なフィンランドの芸術家、トーベ・ヤンソンの「機関車」という小説です。この小説は筑摩書房発行のトーベ・ヤンソンコレクション5”人形の家”の中に収録されています。

この小説の主人公は蒸気機関車を設計する鉄道技師です。彼は機関車を設計することはあくまで「単なる仕事」と割り切って淡々と業務をこなしています。一方、自宅では「機関車の本質」を図録(絵)で表現することに情熱を燃やしており、自宅でその創作に没頭しています。

その情熱はある意味異常とも言えるもので、駅で発車していく機関車を見てそのイメージを膨らませていきますが、実際に機関車に乗ってしまうとその体験が機関車のイメージに影響を与えると考え、汽車に乗ることさえ避けています。そしてその作品を誰にも見せることはなく、機関車に対する自分のイメージ(機関車の本質)がどのようにしたら図録上(絵)に表現できるかを自宅でひたすら考えて創作に励んでいます。だからと言って彼は外面的には決して変人ではなく普段は普通の生活を送っています。そのような主人公がある日駅で機関車を見ている女性を見かけます。彼女は旅行鞄を持って旅にいくような姿をしながら機関車を見ています。その女性に親近感を覚えた主人公はその女性と親しくなり自分の機関車に対する情熱を語ります。その時彼女はあたかも主人公の機関車の対する情熱を理解できるというのですがさらに親しくなって彼女が彼の仕事部屋に入った時、彼女は機関車の「製図」を機関車の「絵」だと思います。さらに親しくなったある日、彼はとうとう彼女に機関車の「絵」を見せるのですが、そこでも彼は彼女は彼の機関車に対する情熱(彼の考える機関車の本質)を全く理解していないことがわかり、だんだん彼女が疎ましくなりついに彼女の死を願うというストーリーです。前述のようにトーベ・ヤンソンはムーミンの作者として有名ですが、同時に彫刻家の父を持った画家であり小説家である多彩な芸術家です。この物語は芸術家が渾身の力を振り絞って生み出した作品がなかなか作者の意図通りに解釈されないことに対する芸術家のジレンマを描いた作品のような気がします。また機関車の設計技師が機関車の本質を追求し、『絵」として表現するという内容は、「普通の仕事(生活)」と「芸術(創作活動)」の差異を表現しているような気もしますが、この辺りは(1)で記載した単に実物を再現した模型は工芸品でもなければ将又芸術でもないという中尾豊氏の言葉を思い出します。ただ、この小説のモチーフとして蒸気機関車が選ばれていることは興味深く、やはり蒸気機関車というものは工業製品でありながら鉄道にあまり関心のない人々を含めて単なる機械ではない何かを感じさせる存在である(作者もそう感じていた)のではないかと思います。また。決して美を追求しているわけではありませんが、私のように模型を作って自分の思いを表現しようとしている(心象風景を再現しようと模型を製作している)身にとってはこの心理状態は全くわからないものではありません。だからと言って自分の作品を隠したり人を殺そうとは決して思いませんが・・・。
また、この本のタイトルとなっている「人形の家」という小説もまた興味深いものです。これは引退した建築家が”精巧な”ドールハウスを作る物語なのですがその作者の周囲で起こる製作に協力する者の間で起こる人間模様(いざこざ)が描かれます。トーベは一時期自分でムーミンハウスの模型を製作していたという話ですが、これはその時の体験なのでしょうか?いずれにせよあるテーマのレイアウトを複数の人間で製作する場合にはありそうなことのような気もします(物語は少し過激ですが)。この本は今でも入手可能なようですので興味のある方は読んでみてください。また、トーベ・ヤンソンについては多くの評伝が刊行されており、最近では映画も公開されましたが彼女の歩んだ芸術家としての人生は結構興味深いものがあります(ムーミンの物語が通常の児童文学とは異なり哲学的な感じがする理由もわかります)。余談ですがフィンランドの鉄道はロシアと同じ広軌(1524㎜)で、電化方式は日本の新幹線と同じAC25000V50Hz、現在はスイス国鉄のRe460と同じタイプの機関車等が活躍しているようです、