手持ちの台車を用いて自作したペーパー車両(9)

165系急行”アルプス”と20系客車の寝台特急”あさかぜ”:製作を振り返って

いままで165系”アルプス”と20系客車”あさかぜ”の構想から完成までの製作過程を8回にわたりご紹介させていただきましたが、今回はその最終回として今回の製作を振り返り、成果と今後の課題について考えてみたいと思います。また、最後に僭越ながらこの作品を作りながら感じた近頃の鉄道模型に対する思いを記載させていただきます。

・ イメージの再現について
今回の車両の自作にあたってはまず最初に作成しようとする車両のイメージを具体化し、そのイメージが再現できるように設計、製作を行いました。まずはその結果を検証してみたいと思います。その方法として実物の画像をReferenceとして作品をそのイメージを特徴的に表すアングルで撮影をして比較してみました。なお撮影機材はフルサイズSLRと55㎜と100㎜のマクロレンズを使用しました。

<165系>
・ 多彩な窓構造と屋上機器
画像を見ると、全体のプロポーションは実車のイメージとそうかけ離れているようには見えませんがやはり上段窓とサッシ枠の段差の大きさが気になります。また、実車に比較しグリーン車のサンバイザーの突出量が大きくなってしまっています。ただ、通常の角度から見るとこの突出量の大きさはあまり目立ちません。運転時、遠目にみた際の全体的な雰囲気はなんとか再現できているのではないかと思います。

・ 整然と並ぶ普通車のユニットサッシ窓の美しさ
奥行き方向の課題はあるものの、それを除けば同一サイズの窓が整然と並ぶユニットサッシのイメージは再現できているのではないかと思います。製作切断した時と同じ順番にサッシ枠を側板に接着することが重要であることを再認識しました。今回は多数の窓の窓抜きを行いましたがラベル紙の接着力も特に問題はありませんでした。ユニットサッシ窓枠の直線性、窓ガラスの平面製は良好で、特に光を反射させた時の反射の具合は成形品を用いた市販製品を上回ります。今回窓枠は銀色テープの表面をサンドペーパーでヘアライン仕上げしたものを用いましたがそれでも面積が小さいせいか反射のばらつきは目立たず窓ガラスと窓枠の段差も少なくすることができました。

・ 多彩な床下機器
今回、バラエティに富んだプロトタイプの中からから好みの形態、好みの配置で余剰パーツを流用した以外ほとんどの機器を自作しました。機器類はペーパー車体の線の太さとのバランスを考え細密化はせず、殆んどを単純な直方体としましたが、MG,コンプレッサ,水タンク,MG起動抵抗器等の目立つ機器(外観に特徴的のある機器)についてはある程度の細密化を行い、全体的には車体とバランスの取れたものとなっていると思います。ただ、手づくりで正確な直方体を製作することは結構難しく一部の機器には歪みや傾きが生じてしまいました。パーツを使用して床下を細密化しようとするとパーツの修正と取り付け部の加工が主体になりますが、今回の工作の方が細密化よりも難しい(基本的な工作力と集中力が問われる)気がしました。その中で平面性と直角度が良好なEvergreen社製の各種のプラ角棒を積層して継ぎ目を処理した所望の断面形状の角棒を切断して使用すると比較的簡単にばらつきなくいろいろなサイズ直方体が製作できることがわかったのは収穫でした。またEvergreen社製の1㎜x1㎜の角材で製作した取り付け脚を介して機器を取り付けたことで反対側が透けてみえ、程よい細密感と一体成形のプラ製品の床下にはない実物らしさが生まれたような気がします。

<クモニ83・クモユニ82>
・ 荷電らしからぬスマートな車体
・ 張り上げ屋根の美しさ(クモニ83)
・ 新製車体と釣り掛け台車(床下)のアンバランス
上に記載した3項目は製作前のイメージを記したものですが、「荷電らしからぬ」は「旧型国電らしからぬ」がより正確な表現かもわかりません。この観点で見ると特徴は張り上げ屋根、窓隅のR,窓ガラスと車体の段差の少なさが主なものであると考えられます。この観点で車体を見た場合、今回の作品はその特徴は比較的よく再現することができたのではないかと考えております。特に車体と窓ガラス(窓枠)の段差については165系では窓が奥まった印象があるのに対し、ユニットサッシ枠のないクモニ83では実物に近い印象で、車体の特徴を再現できたと感じる大きな要因であるのではないかと考えます。一方、新製車体と釣り掛け台車(床下)のアンバランスの再現については、旧型電車固有の機器は細密感のある市販パーツを使用したことにより旧型電車の印象を強調できましたが、旧型電車の場合、全般検査出場後の床下機器が再塗装された車両を見ると機器表面の経年的な凹凸が強調され一種独特な雰囲気がありますので印象を強調するためにもう少し艶のある黒で床下機器を塗装すると車体と床下のアンバランスをより目立たせることができたかもわかりません。屋根板を使用した張り上げ屋根の車両は今まで製作したことがなく、製作前屋根板と側板の継ぎ目隠しに一抹の不安はあったのですが昨今のフィギュアブームのせいか以前に比べて目止め用の塗料(下地処理剤)は各種充実しており比較的簡単に継ぎ目を隠すことができました。


<20形客車>
製作前の構想・設計段階で20系客車のイメージの再現のために注力したいところは
・ 機関車を含めた列車全体の統一感(車体の滑らかさ)
・ 窓周りの押さえ部材の色も含めた塗色(色彩デザイン)の美しさ
・ 滑らかな車体と居住性の良さをイメージさせる深い屋根
でした。この観点で今回の作品を評価すると、最初の列車全体の統一感と滑らかな車体について、その特徴が現れると思われるアングルで作品を撮影した写真が下記の写真です。右側の写真を見るとわずかに仕切り板に起因すると思われる凹凸がありますが、通常の角度から見た写真ではそれほど目立つことはなく、今回採用した車体構造で、なんとか目標は達成できたのではないかと考えております。ただ、左側の写真を見るとナロネ20のドア部の帯の傾きが目立ちます。端面に近い部分で凹凸がある車体のマスキングに課題が残ります。屋根のRについては元々のRが単純なこともあり、ほぼ揃った形状にすることができました。反面メーカーの異なる台車を使用したこともあり、車体の高さ合わせと傾きの修正には苦労しました。まだ一部調整不足のところもあります。また、仕切り板部以外の窓周りに薄いペーパーを使用したことによると思われる歪みが目立ってしまいました。今回窓抜き後曲げ工程の前での下地処理を実施していませんが今後は車体を曲げる前に一度簡単な下地処理をして車体の平面度をチェックすることが必要ではないかと思います。一方、窓ガラスについては165系と同様に平面性は市販品を上回っており、車体に光が反射する角度で見るとその効果が明確に認識できます。

20系の形態状の特徴である窓抑え部材の表現に関し、特に製作前からの懸念点であった窓周りへの色差しは塗料の濃度を適切に保つことにより遠目にはばらつきはさほど目立たずなんとか破綻なくまとめることができたのではないかと思っております。一方、全体の塗装については帯部分のマスキングの際、テープの密着を念入りに確認することにより大幅な修正はせずにすみましたが反面上にも記載したようにデッキ部分で帯状のテープを車体に密着させる際、車体との並行度が狂ってしまった部分もあり塗装前の慎重な確認が必要でした。車体の行き先表示窓については帯との位置関係等、ほぼイメージ通りに仕上がったと思っております。車体の塗装に使用した塗料はマッハ模型のクリーム色1号と青15号ですがもう50年近く使用しているブランドで特に不満はありません。屋根の色は写真を見ると色々な色に見えますが私の印象では黒に近い色であったため屋根の色はタミヤカラーTS-63 NATOブラックを選択しました。ちなみの165系の屋根色は従来から使用しているタミヤカラーTS-67 佐世保海軍工廠グレイでTS-63より明るいグレイです。屋根や床下機器はタミヤのスプレー塗料で行なっていますが艶のコントロールができないのでより実感を求めるには塗料を調合して吹きつけ塗装を行うべきかもわかりません。またマッハ模型の閉店に伴う調色塗料の行く末が心配です。どこかのメーカーが製造を引き継ぐか良い代替品が見つかれば良いのですが・・・。

以上が今回の作品の目標に対する検証結果です。自己評価ですので少し甘い部分もあるかも分かりませんが自分としてはこれらの車両を実際に運転した時、”アルプス””あさかぜ”の雰囲気は再現できていると考えています。

これで今回の作品の紹介を終了しますが、最後にこの作品の製作を通じて感じたことを述べさせていただきます。

<実感的であるということとは>
この作品の一連の紹介の中でも述べましたが、『実感的である』ということに対して鉄道模型に造詣の深い中尾豊氏の「鉄道模型の造形的な考察の一断面」の分析とみずほ銀行のアナリストの方が分析した「ドイツ ミニチュアワンダーランドに見る欧州版テーマパークの成功と戦略:その運営、分析、並びに周辺環境」における分析結果はなかなか興味深いものでした。両氏の分析結果を私なりに解釈すると、鉄道模型に対する知識(思い入れの深さ)が全く異なると思われる両者とも言っていることは同じで、簡単に言えば、「模型が実感的(実物的)であると感じられるということは、その模型が鑑賞者がその実物で体験した時の記憶を呼び起こすことができるレベルで実物を再現できている」ということではないかと思います。このように考えると次にその「レベル」が問題となりますが、ここから先は体験者それぞれでレベルが異なり一概には言えません。鉄道模型ファンとミニチュアワンダーランドを訪れる一般の観客では実物に抱く感情は違いますし、鉄道を取り巻く文化や歴史が異なる日本人とドイツ人で鉄道や鉄道模型に抱いているイメージの違いもそのレベルに影響すると思われます。また鑑賞者を日本の鉄道模型ファンに限定してもそのレベルは車両がレイアウト上で見る車両か車両単独で鑑賞する車両かで実感的と感ずるレベルは大きく異なると考えられます。ここで重要であるのはキット加工も含め、車両を自作する際はその模型を鑑賞する時のシチュエーションをイメージして設計・製作することが「実感的」な作品を製作するためには必要なのではないかと考えます。

そして鉄道模型のおけるこの閾値や臨場感を左右するのは全体的なプロポーションと鑑賞されるシチュエーションンに応じたディテールのバランスではないかと感じました。この部分を外さなければペーパーによる自作モデルで細密モデルを目指さなくてもも充分実感的な作品は作成可能ではないかと思います。と、ここまで書いて気づいたのですが、これは50年前に山崎喜陽氏が言わんといていた事と同じであるような気がします。

上記観点で今回の作品を見た場合、165系の「おでこ」の形状のばらつきが気になります。下の写真は同じ方向から同じ光線状態で撮影したクハ165とクモハ165ですが写真でも「おでこ」の光具合が微妙に異なります。また一部の床下機器の並行度と直角度の悪さ(ばらつき)も気になります。またそれ以上に気になるのが屋上機器のわずかな傾きです。逆にいうとこの辺りをきちんと作り全体のバランスに気を配れば細密化をしなくともレイアウト上を走らせる車両であればより実感的な車両となったのではないかと考えます。

<近頃の鉄道模型に対して思うこと(製作しながら考えていたこと)>
最後に、これらの作品を製作しながら考えていたことを記載したいと思います。あくまでも私の私見ですのでその点はご留意ください。
近頃老舗のオーディオメーカーが破産したことが世間で話題になりました。その時の新聞記事ではハイエンドオーディオの世界の製品はiPhone/iPOD等の利便性に負けたという記事がありましたが私はその記事を読んだ時少し違和感を感じました。私の学生時代は高級オーディオ機器で音質の良い音楽を聴くことが「男の趣味」として広く普及していた時代であり巷には家電メーカーが立ち上げたブランドが林立し、オーディオ関連の雑誌には測定器による製品の周波数特性やダイナミックレンジ等の測定結果が掲載されている雑誌も多種あったと記憶しています。私も比較的高級な機器で音楽を聴いていた時期もありました。しかしある時気づいたことは、「オーディオの世界ではどんなによい(高い?)機器を使ってもコンサートホールと同じ臨場感は味わうことはできない。本当の音楽好きは音質(臨場感)がある閾値を越えれば実際にコンサートホールで音楽を聞いて感動した体験を追体験できるため、それほど再生機器へのへのこだわりはない(感動を得るためにハイエンドオーディオといわれる機器で音楽を聴くことが必須とは考えていない)のではないか」ということです。先に165系のイメージ構築に関連して矢野顕子さんの”Night Train Home”という歌の歌詞を紹介しましたが、その歌を聴いて東北に向かう583系のイメージを思い浮かべる時、それがハイエンドオーディオ装置で再生したものでならなければならないということはありません。そしてその閾値は意外と低いのではないかとも思います。そして現代ではその閾値を超える音質がiPhone/iPOD等手軽に扱える機器で得られるようになったためハイエンドオーディオ(ハイエンドに限らずオーディオコンポと呼ばれる製品)の市場は急速に縮小したのではないかという気がします。また最近アナログレコードのよさが見直され静かなブームのようですが、大部分の方は以前にように特性にこだわった数万円もするカートリッジを用いてレコードを聴いているわけではないと思います。私の学生時代はまだアナログレコードの時代でしたので当時のアナログレコードとプレーヤがまだ自宅にあります。そして改めてその機器でアナログレコードを聴いてみると、確かに聴き慣れたデジタル音源に対し、実際の音と同じく物体の振動そのものを増幅しているという点で周波数特性等の測定値では表せないデジタル音源にはない臨場感(模型用語で言えば「より実感的である」という感覚)があり、それがアナログレコードが見直されている理由のように感じます。

翻って現在の鉄道模型の製品を見ると、非常に細密に作られた真鍮製のモデルが非常に高価で販売されており、雑誌に掲載される作品もハイディテールな作品が数多く掲載されています。これらを決して否定するつもりはないのですが、これらは上記の音楽の世界でいうと、これらは音楽を楽しむ愛好家の中でのハイエンド機器に相当するものではないかと思います。鉄道模型を楽しむものにとっての憧れであることは確かですが気軽に手を出せる世界ではありませんし、その様な模型でしか「実感」を感じられないとしたらそれはあまりにも悲しいことです。最近のプラ製品もこれらハイエンド製品に比較すれば相対的には安価ですがそれでも十分高価です。もっと気軽に楽しめるProduct Lineがあってもいいのではないでしょうか。今後鉄道模型の製品ががオーディオ製品で言うところの「ハイエンド機器」に相当する製品のみになり、業界がジリ貧になる(結果製品の価格がさらに上昇する)のを避けるためにもファンの裾野を広げる取り組みがより必要と思うのは私だけでしょうか。

最近送付されてきたMarklin Insider Clubの会報(Marklin Insider Club News 03.2022) には、欧州ではメルクリンが提唱した「鉄道模型は家族で世代を超えて楽しめる趣味である」ということをアピールしたプロモーションを鉄道模型業界全体で行なった結果、若い世代の模型愛好者が増加しているということが記載されていました。また、私が定期購読している米国のModel Railroder誌の読者の投稿記事にはよく冒頭に自分が鉄道模型に興味を持ったきっかけが書いてありますが、かなりの方がそのきっかけは「子供の頃クリスマスに親に買ってもらったLionel Train Setである」と述べています。メルクリンはこの層向けにStart UpというProduct LineでHOゲージ規格のレールを使用したProduct Line をLine Upしています。Lionel Train Set のサイズはOゲージで一応鉄道模型のゲージの規格に準拠しており線路の形態も鉄道模型とほぼ同じです(Lionelは3線式ですが)。その点日本のプラレールは「線路」の規格があまりに違いすぎ、そのためにプラレールが好きな年少者が「おもちゃ」から「鉄道模型」への移行するハードルが高いような気がします(ちなみに私は子供時代にプラレールが発売される前の世代です)。Nゲージはこの入門クラスの「子供(小学校低学年)」には小さすぎます。現在流通しているままの製品では多分部品が一つでも外れてしまえば「おもちゃ」の安全規格に適合できないのではないかと思います。昔カツミや天賞堂が発売していたEB58やCタンクのような車両による入門セットで入り口で鉄道模型人口を増やすことも必要な気がします。(これらも当時のままの構造では現在の安全規格には適合できないと思いますが)。Lionel Train Set は結構(かなり?)高価ですが可愛い子供(孫)へのプレゼントと考えるとその価格も「あり」だと思います。鉄道模型はおもちゃとしては高価ですが裾野の拡大のためにはそのチャンスを生かさない手はない気がします。

また、米国のModel Railroader,ドイツのMarklin Magazine誌になど大人向けの雑誌にはいずれも編集部のスタッフあるいはそれに近い立場の方が色々なレベルのファン向けに執筆した製作法や解説記事が見られます。思えば冒頭に紹介したように50年くらい前は鉄道模型を扱う雑誌の中では「マニア向けの(難しい)専門書」に近い位置付けであったTMSにも自作、キット加工、レイアウト製作等の編集部による解説記事があり、基礎的な技法を解説する記事が掲載されていました。日本の専門誌もこのような記事を掲載することにより、年長者の対して自作のハードルを下げることも必要ではないか思いました。

以上で165系電車による急行”アルプス”と20系客車による特急”あさかぜ”の紹介を終わります。今回の製作で手持ちの台車と以前製作した車両の余剰パーツは殆んど使い果たしてしまいましたので今後長編成の列車を製作するには一大決心が必要な気がしますが、またそのような機会があれば紹介させていただきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。


なお、文中で引用した「ドイツ ミニチュアワンダーランドに見る欧州版テーマパークの成功と戦略:その運営、分析、並びに周辺環境 著者:野地徹 (みずほコーポレート銀行)  」は国立国会図書館オンライン(登録必要(無料))で閲覧可能ですので興味のある方は閲覧してみてください。