前回の記事で、ひかり模型のキットを組み立てたEF58を紹介させていただきましたが、記事にあるようにその試運転は手持ちのエンドウ製ニューシステム線路の半径805㎜のカーブで実施しました。その後、KATOのWeb Siteをチェックしたところ、KATO製のEF58の通過可能なカーブは半径550㎜であることがわかりました。私のように長年(TMS主筆の山﨑喜陽氏ご存命の時代から)鉄道模型で楽しんでおり、氏が雑誌の中で頻繁に述べておられたおられた”鉄道模型は走らなくては意味がない”という言葉に接していた者にとっては、もし私の製作したEF58が通過可能である最小カーブ半径が805㎜であったらちょっと寂しい感じがしたのも事実です(本当にこれで走る鉄道模型と言えるのかという感覚です)。そのような折、ふと以前に欧州Roco社のRoco Lineというレールを購入したことを思い出し、久しぶりに取り出してみると、そのカーブはR6というサイズのカーブで、半径が604.4㎜でした。以前から半径600㎜は大型機の通過可能カーブ半径の基準となっていたと思います。そこでこの線路上でこのEF58を運転してみたたところ、なんとか無事に通過できることがわかりました。今回用いたひかり模型のEF58キットは珊瑚模型店製のF級電気機関車用の動力装置の使用が指定されていましたのでこの指定の動力装置を使用すれば当然半径600㎜はクリアーできる設計にはなっていたとは思うのですが、このEF58は歌川模型製のUギヤーと縦型モーター(KTM D V18C)を使用しており、その検討の際、特に通過可能な最小カーブを意識して検討していなかった(最初に製作した時も上記のR805を通過したのでよしとしてしまった)ので、結果オーライではありますが、大袈裟にいうとこれでようやくこのE F58も鉄道模型の仲間入りを果たせたかなと思った次第です。
上述のように最初に製作した時にあまり気にならなかった通過可能なカーブ半径が今回気になったのはその間に私が欧州製の鉄道模型を走らせて楽しむ様にになったからかもわかりまん。今回使用使用したRoco社の線路(発売当初はRoco Lineと称していましたが今はその名称は使用されていないようです)は現在R2からR10 までの半径が用意されているようで、その中ではR6は比較的大きな半径です。ちなみにR2は358.0㎜、R4は481.2㎜、R10は888㎜です。また私が最近運転を楽しんでいるMärklin社の一般的なレール(C Track)は最小カーブの半径R1が360㎜、最大カーブがR5の643.6㎜で、それ以上大きなカーブはラインナップされておりません。ちなみにMøarklin社の製品はほとんどの車両がMarklin社の規定するR1(半径360㎜)カーブを通過できます。一方、Roco社の大型蒸気BR01の最小通過可能カーブはR3の419㎜です。また日本の天賞堂製のダイキャスト製D51、EF58の最小通過可能なカーブ半径は550㎜のようです。ちなみに 日本では他社製の模型も含めて数十万円する真鍮製のモデルには最小通過カーブ半径の記載はあまりありませんし、雑誌の製品の紹介欄にもあまり記載されていません。プラ製の蒸気機関車でもWEB SITEを少し見ただけでは通過できるカーブの最小半径がわからない製品もあります。レイアウト上での運転を前提とする鉄道模型であれば、最小通過カーブ半径はそのモデルをレイアウトに入線させるか否か(購入するか否か)を判断する最重要スペックだと思うのですが、このことは日本のHOゲージが運転を重視していないことの表れでもあると感じ、少し寂しく思います。欧米では模型の車両限界が照準で規定されていますが日本ではそれも明確ではありません。
小さなカーブを通過する大型機を実感的ではないと感ずる方は多く、私もその一人であった様な気がします。下の写真はR805とR604カーブを通過するEF58ですが、車体と台枠位置(つかみ棒の位置)たがかなりずれているのがわかります。ただ、この程度はやむを得ないものと割り切る必要がありますし、実際に走っている姿を見ればあまり気になりません。
レイアウトを設計する場合には運転位置からはなるべくカーブの外側が見えないようにトンネル、地形、建造物等を配置することができますし、何より有益なのはStaging Yard(隠しヤード)のスペースが小さくて済むことです。この様な目に見えない場所では安定した走行さえできれば使用するカーブ半径は問われません。ただ、Staging Yardやトンネルは、車両へのアクセスのしにくい場所に設けられますので、ただ通過できるというレベルではなく、脱線やカプラーに自然解放がないよう、設置された線路の線路状態のばらつきも考慮した上でのカーブでの安定的な走行が必須になります。
レイアウトプランの中で小カーブを使う効用と日本型モデルがどの程度のカーブを通過できるかという記事は過去のTMSに故・水野良太郎氏がイラストを交えて紹介していた記事があったように記憶しています。そこで今回は、少し視点を変えて、最近の欧州製の車両がどのような機構で小カーブを通過できるかということを私の手元にある車両で紹介してみたいと思います。
まずは蒸気機関車です。日本の蒸気機関車はC型機とD型機が殆どで、E型の大型機はE10と4100程度であるのに対し、欧州では大型のE型機は結構多くの機種がありますし、日本のC62の動輪より大きい直径の動輪素備えるD型機もあります。その中で、手元にあるE型機は下記のBR50とBR85ですが、まずBR85の小径カーブ通過対策を紹介してみたいと思います。
このうちBR85を裏返してみると下記の写真のように動輪は前3軸を支持する台枠と後2軸に分割され、ピンで結ばれています。そして各動輪はロッドではなくギアで駆動されています。そして動輪の回転方向を揃えるためのアイドラーギアが動輪間に存在しています。その中で、関節のある第3動輪と第4動輪の間のアイドラーギアは後ろ側の台枠の二つの動輪の中心を結ぶ線上に位置しその軸の両側にギアが取り付けられており、そこで動輪軸のギアが反対側に移ります。そしてカーブの通過に伴って第3動輪、第4動輪のギアと後ろの第枠に取り付けられたアイドラギアの間の軸間距離と当たり角度が微妙に変化します。
この際、カーブ通過に伴い第3動輪と第4動輪の軸間距離も変化しますが、その変化はサイドロッドのクランクピンに嵌まる穴を長穴にすることにより吸収しています。ギアの軸間距離や軸の並行度の変化を許容し、サイドロッドのクランクピンには丸穴を長穴にする等、日本型の模型の設計に比較すると結構大胆な設計となっていますが、通常の運転には支障なく、またカーブ通過時に走行音が変化することもありません。そして、この構造はテンダー機であるBR50でも同一の設計となっています。
このように、欧州の模型では曲線通過性能向上のための大胆な設計となっています。この実例は Märklin車の製品の例ですが、Roco社のモデルもE型機は台枠の関節構造を採用していると思われます。ちなみにRoco社のBR50が通過可能な最小カーブはカタログでは半径358㎜となっていますが、関節構造の台枠を使用していないと思われるC型のBR01の通過可能な最小曲線半径はは419㎜です。
一方、下記の写真はD型のBR39です。この機関車は旧プロイセン王国鉄道のP10で、日本のC62等と同じ直径!,750㎜の動輪をもつD型機です。よって当然日本のC62より固定軸距歯長くなっていますが、この機関車も半径360㎜のカーブを通過することが可能です。こちらの機関車の台枠には関節はなく一体構造ですのでてこの機関車の固定軸距はE型よりも長くなっています。このモデルの最小通過可能曲線半径も360㎜ですが、上記のRoco車の例からもわかるように、欧州の蒸気機関車の模型で一番カーブ通過が厳しいのは固定台枠のD型機ではないかと思われます。
このBR39のカーブ通過対策は動輪の横動で行っています。第1、第4動輪はほぼ横動がありません(横動の量は日本の模型と同レベル)が、第2、第3動輪にはかなりの横動が与えられています。その写真が下の写真で、接地面を左右変えて動輪位置を撮影すると、その量が大きいところがわかります。また、上下を変えると動輪はほぼ動輪の自重で変位します(クランクピンとロッド穴の抵抗により異動しない場合もありますが少し手で押せばすぐに変位します)。
また、第2動輪と第3動輪は上下にも変異しますが、この上下左右の動輪の変異に対応するために第2動輪と第3動輪のクランクピンとサイドロッドの穴の隙間はかなり大きくなっています。これは第1、第4動輪も同様です。またサイドロッドは一体(一個の部品)で全ての動輪を繋いでいます。我々が通常製作する模型の構造でははサイドロッドの長さ、左右の動輪の位相が少しでもズレると走行性能に大きな影響が出てしまいますが、この構造であればその影響はあまりないと思われます(だからと言って部品の精度を落としているとは思えませんが)。
このように、設計はかなり合理的ですが、機関車を普通に眺めている限りでは全体の印象として簡略化されているという印象はありません。最近、M¨arklin製品も細密化が進んでおり、蒸気機関車も例外ではありませんが、下回りを見ると逆にサイドロッドの厚さなどは前の世代のモデルより薄くなっており、実物との差は大きくなる傾向です。それでもそれをさを感じさせないのは設計のうまさでしょうか?このモデルを全世代の製品と比較してみると、個人的には以前のモデルの下回りに対して比較して繊細(細密?)になったという印象です。このように、機構的にも実物の機構を極力再現しようとする日本の細密モデルと運転を重視した欧州の模型の設計思想には大きな差があるようです。また、最近の蒸気機関車のモデルは外観への配慮も行われており、このモデルではエンジンとテンダーを結ぶカプラーのカプラーポケットに連結面の間隔を狭めるための変位機構が組み込まれるとともに、最小カーブ半径に応じてカプラーの長さも変更できるようになっています。カプラー長さを短くできるのはカーブ半径500㎜以上で、この半径以上のカーブでシリンダのS尻棒も取り付け可能となっていますので、このカーブ半径が大径カーブの一つのの基準となっているようです。一方、制約もあるようでD型機のマニュアルには以前発売されていたKトラックの直線レールとCトラックのカーブを繋ぐ際には直線区間を長く取るようにという指示が記載されています。この注記はE型機のマニュアルにはありません。
大型機のカーブ通過という意味である意味究極的と言えるのが世界最大と言われるUnion PacificのBig Boyで、MärklinのBig BoyはR360を通過可能です。下の写真は半径360㎜のカーブ上のBig Boyですが、このカーブ半径でも運転に支障はありません。デジタルデコーダーの走行抵抗変化時の速度維持機能のせいか、カーブでの走行抵抗増加に伴う速度低下もありません、ただ、流石に上回りとした周りのズレ量は相当なものです。ただ、実物の走る姿を見ていないせいか、上記の半径600㎜上でのEF58より違和感が少ないと感じるのは私だけでしょうか。
この機関車の下回りの構造は上記D型機の下回りユニットを2軸ボギーにした構造となっています。その回転中心はユニットの両端(前方ユニットの回転中心はユニット前方、後方ユニットの回転中心はユニット後方)にあります。またその回転中心の動輪とは逆方向にもフレームを伸ばして、そのフレームの軸に取り付けた2軸の先従輪に横動を与えることにより急カーブにおける先従輪の横動量を確保しています。また、先台車の横動のためのガイド穴は湾曲させてカーブでの台車の横動の軌跡を変化させて動輪との間隔を調整しています。
一方、テンダーは前方に2軸ボギー台車、後方に5軸の固定軸が配置されていますが模型ではボギー台車に横動を与えるとともに、固定軸の部分は前から2番目と5番目の車輪の横動を抑え、その他の車輪に横動を与えることによりカーブ通過に対応しています。このように、超大型機とはいえ、用いている機構は上記のD型機とさほど変わらず特殊な機構を採用しているわけではありません。2軸の先台車に湾曲した穴をガイドとして横動を与える方法は例えばBR01の先台車、BR065の従台車にも同様の例が見られます。むしろ設計として難しいのは個々のユニット単体ではなく、動力装置の回転中心位置と先・従台車のガイド形状の最適化設計、車輪の横動量の設定であるような気がします。またそれより難しい?のは大きくオーバーハングする車体のディテールとと下回り、変位量の大きい先・従台車の干渉防止ではないかと思われます。この部分の設計は、細密感を維持しながら走行系の動きを妨げないという、ある意味実物の形態をうまくデフォルメするという設計センスが問われるような気がします。このBig Boyの最初の発売は2000年ごろと記憶していますが、ちょうどその頃は3D CADが急速に普及していた時期と重なります。このようなモデルが設計できるようになったのは3D CADの普及もあったのではないでしょうか。ただ、車体のオーバーハング量の多さは流石に既存のレイアウトに入線すると線路の構造部との干渉が頻発するような気がします。そのためか、マニュアルには線路中心からの車体のはみ出し量の値が各カーブごとに具体的に記載されています。
下の写真は半径360㎜のカーブを通過するBR85の先輪の状態です。欧州の鉄道模型は日本の模型よりフランジが高いのでスペース的には不利かと思いますが、巧みにフランジを避けながら先輪がシリンダブロックギリギリまで接近しています。
Märklin Magazin等の情報によれば、現在Märklin社はCATIAという3D CADを使用しているようです、このCADは自動車メーカーでも幅広く使用されている3D CADとしてはハイエンドのカテゴリに属するものです。また、このCADはヒストリ系のCADと呼ばれ、部品(モデルの)作成において、作成履歴が明確になるためモデルの設計変更が容易であるというメリットがあります。ただ、我々一般人が気軽に使用するCADとはモデルの作成方法が少し異なります。ただ、メジャーなハイエンドCADですので、図面の作成だけではなく設計データを管理システムも強力なシステムが使用できますし、金型等を製造する工作機械とのデータの連携の確実性も高いと思われます。私が最初この情報に接した時には鉄道模型の分野ではガリバー企業であるものの決して大企業ではなく、しかも超ニッチである鉄道模型の製造・販売を行うメーカーがこのような高価なシステムを導入することはすぐには信じられませんでした。ただ、考えてみると欧州の鉄道模型メーカーのように製品のマイナーチェンジ(既存部品の形状の修正)を繰り返しながら年間数十種類の新製品を効率よく発売し、そのアフターサービスも行うことが必要なメーカーで製品の設計・製造を効率よくためには、長期的視点で資金さえあればこのこのような投資の決断を行うことは生き残りのためには必要という気もします。欧州の鉄道模型メーカーは経営破綻等を繰り返しながら次第に大きなグループに集約されていく傾向がありますが(Märklin社も一度経営破綻しています)、市場が大きく拡大しない中で生き残っていくためにこのような投資をすることが必要であるとすれば、この傾向はますます強まるような気がします。最近、ニュース等で日本の労働生産性は他の先進国に対して低く、その傾向は特にDX化が遅れている中小企業で顕著で、その改善のためにはそれらをある程度集約し、大規模化して効率化を図ることが必要だというような記事をよく目にしますが、それは欧州の鉄道模型メーカーで起こっている(起こった)ことそのもの思ってしまうのはこじつけすぎでしょうか。
話を元に戻しますと、蒸気機関車以外のその他の合理的?な設計の一例としては、Muarklin製のUIC-Xタイプの客車の台車が挙げられます。この台車は写真でわかるように実物の台車の回転中心と同じところに回転中心がありません。
車両がカーブを通過する際、台車間で車体が最もレール中心線から離れるのは車体中央(ホィールベースの中点部分)、オーバーハング部では車端になりますが、この台車の回転中心はその両者を勘案して決められているような気もします。ただ、このような構造は3D CADが普及する前の製品にも見られます。前にも述べましたが欧州の客車の全長は1960年ごろにそれまでの20mから26mと一気に増加しましたが、その際に既存のレイアウトでの運転を可能にするために必要な対応であったのでしょうか。なお、最近の全長が伸びた28.2 cmのUIC-Xタイプの客車のマニュアルにはレール周辺の構造物との干渉に注意するようにという旨の注意文が追加されています。
最後に電気機関車(いわゆる箱物の機関車)の車体と台車の干渉対策について。欧州(ドイツ)の機関車には有名な103型電機をはじめ、車体と台車がオーバーラップしている車両が多いような気がします。当然このような車両もR360カーブを通過可能です、下の写真は103型電機の先行試作機であるE03型のモデルですが、このモデルではカーブで干渉するスカート内側の台車のディテールは全て省略されています。また台車中央寄りのスカートと干渉する部分は形状が大きく切り書かれています。また、最新の103型では干渉する部分の台車枠は全長にわたってありません。この辺りは日本の鉄道模型と同じような対応ですが、全長に渡ってスカートがあるこのようなタイプの車両の方が中央部のみにエアータンクがある日本の旧型電機と呼ばれる車両より省略が目立ちにくいような気もします。そしてEF58もそうですが、模型は情報から見ることが多いせいか、これらはあまり気になりません。
一方先頭部にスカート状のカウルがあるBR112はカーブで干渉する部分の台車枠のディテールがまるで削られたようにありません。長年車両を日本型の車両を自作してきた目から見るとこの対応は結構大胆のように感じます。実機では後年このスカートは取り外されたようですが、当時上記の103型電気の登場前、高速機としてTEEを颯爽と牽引していた時代を表現するためにはこのカウルは必須と判断しての設計と想像します。ただ、カウルの前面は台車マウントのカプラーの移動量確保のため大きく切り欠かれています。
以上、EF58の製作をきっかけに欧州製品の急カーブ通過対策を見てきましたが、欧州の車両ではの細密化と小カーブの通過という二つの相反する要求をうまく両立させているという感があります。また、このように見てくると、HOゲージでは車体巾の比率が異なっているとはいえ日本でもある程度の細密度を確保しながら半径400㎜程度、せめて定尺のベニア板上に180°のカーブが敷設できる半径のカーブが通過できる車両を製品化することはそれほど困難なことではないと思うのは私だけでしょうか。ただ、そこには3D CADでの設計と実物の構造にとらわれない模型としての発想と設計が必要であるような気もします。、もしかしたら長年車両製作が主体であったHOゲージの世界において、そのような実物の構造にとらわれない発想で設計を行い、ユーザーもそれを許容することが日本でのレイアウト普及の鍵になるのかも分かりません。
最後までお読みいただきありがとうございました.