鉄道趣味を50年続けて思うこと(1)

私が鉄道模型を初めて手に取ったのは1964年の2月、新幹線開業の直前で早くも50年以上が経過しました。その中で車両の製作、レイアウトの製作、鐵道写真の撮影を行なってきましたが先日このブログで紹介した北海道のキハ56、キロ26で1990年代までに製作した車両の紹介も一段落しました。今後引き続きその後に製作した作品やレイアウト等についても紹介させていただきたいと考えておりますがこの辺りで一度、今の私が現在の鉄道模型を含めた鉄道趣味について思っていることを述べさせていただきたいと思います。極めてとりとめのない個人的な見解で異論があることは承知の上ですが、よろしければ小学生の頃から鉄道模型を始め少し前に仕事をリタイアした高齢者の戯言として読んでいただければ幸いです。

<”鉄道と美術の150年”と”国宝展”を見て思うこと>

先日、東京駅のステーションギャラリーで開催されている鉄道開業150周年にちなんだ美術展「鉄道と美術の150年」という展示会を見学しました。近くの上野の東京国立博物館では開館150周年を記念して「国宝展」が開催されています。私はここから鉄道が開業した年と東京国立博物館はできた年が同じことを初めて知りました。また日本で初めて「美術」という言葉が用いられたのも150年前だそうです。国宝展はその名からも分かるようにかつて教科書に載っていたような有名な美術工芸品が多数展示されており非常に興味深く見学しました。一方鉄道と美術の150年は国宝級の作品はないものの、鉄道黎明期から今日に至るまでの錦絵、美術作品、写真等が展示されており鉄道と芸術との関わりを目の当たりにすることができ、こちらも非常に興味深い美術展でした。

鉄道と美術の150年の図録とFlyer

これらの展示会を見学後、私はかつて鉄道模型趣味趣味に掲載された中尾豊氏執筆の鉄道模型の造形的考察の一断面という記事の中にあった現在の我が国のモデルは動く彫刻でもなければ小機械でもなく、ましては真の科学の研究対象でもない。科学や将又芸術などと称する一般的な意味における美名に隠れるにはあまりにもプリミティブな内容にすぎない・・・』という一説を思い出しました。美術展に出品されている鉄道をモチーフとした絵画作品は写実的な作品から抽象的な作品まで多岐に渡りますが、作品に描かれた鉄道はいずれも抽象化されたりデフォルメされて表現されており、実物の形状を正確に再現したモデルとは全く異なります。しかし作品を通じ作者が鉄道を通じて表現したかった想いを理解し共感したとき、正確かつ細密に作られた模型を見ても味わえない感動が得られます。氏のいうようにやはりモデルは何なのか、モデルはモデル以外の何者でもないのかということを改めて考えさせられる展示会でした。

しかし中尾豊氏は同じ記事の中で『我々が現実にモデルにおいて表現しようとする美は決して実物から受ける美的感動そのままではない。我々は我々の感覚と技能によって展開される実物と全く異なった別個の一つのあたらしい世界、モデル自体が持つ造形美の表現を目指しているのである。その表現は実存する鉄道との自然関係を全く脱却した一個の観念界と称すべきものを作り、いわゆる美的観念性を具備するに至る』とも述べておられます。見て美しいと感じるモデルは、実物の形状をそのまま再現(模倣)しただけでは不十分で、一つの作品としてその作品に対する製作者の想いがそのモデルの中に感じられ、それが鑑賞者の想いとと共有されたとき、鑑賞者はそのモデルを美しいと感ずるのかもわかりません。こう考えると「よいモデル」を製作するためには芸術的センスが必要なのかもわかりません。

<最近の鉄道模型雑誌に対して思うこと>

最近よく『インスタ映え』とか『SNS映え』という言葉がよく出てきますが最近の模型雑誌を見ていると掲載される作品(写真)があたかも実物そのものであるかのような写真映え(雑誌映え?)するモデルに偏っているため、それがよいモデル(みんなが目指す方向のモデル)と勘違いされている傾向があるような気がします。

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模型車両の紹介:北海道の急行用気動車(模型のウエザリングについての考察)

最近、いすみ鉄道に残るキハ28の最後の1両が定期運用を離脱したことが話題になり、TV等でも数多く報道されておりました。それに触発されたわけでもないのですが、今回は北海道の急行型気動車キハ56、キロ26を紹介させていただきます。いずれもフェニックス模型店製のバラキットを組み上げた製品で1990年ごろに製作した作品です。

キハ58をはじめとした急行型気動車はかつては全国の国鉄路線で急行列車から普通列車まで幅広く運用されており、運用上一般型気動車と混結して普通列車に使用されてもいましたが、その塗色は一般型気動車とは異なる塗り分けで編成中で目立つ存在でした。同じく数多く製造された101系、103系等が大都市向けの通勤輸送に特化された車両で見られる地域が限定されていたのに比較して、キハ58系をはじめとした急行用気動車はは全国津々浦々で運用されていたため全国各地でこの車両に接した方は多いと思われます。そのためキハ28の運用終了は全国のあまり鉄道に興味のない方々にとっても一つの時代の終わりを感じさせる出来事であり、話題になったのかもわかりません。

函館本線大沼付近を走る稚内行き急行”宗谷”.2両目にキロ26を連結.

<車両の紹介>

今回ご紹介する北海道向けの急行型気動車のデザインは全体的には本州の車両と同一ですが北海道仕様の車両の外観上の特徴は側窓が二重窓で窓の天地寸法が小さいことです。そのため稜線の目立たない張り上げ屋根の構造と裾の絞りにより相まって幕板部が非常に広く感じられるとともに車体の”丸み”が強調され印象的には本州用の車両とはかなり雰囲気が異なる感じがします。またグリーン車は本州用の車両の連続窓とは異なり普通車と同構造の二重窓が各座席あたり1個配置されており、普通車との外観上の大きな差異はなく、等級帯が廃止された後は普通車の中間車と言ってもおかしくないものでした。一方北海道の特急列車はキハ183系の登場以前は本州と同じ車両(キハ82系)が使用されており、急行列車に使用される客車も外観的には本州用の車両とほぼ同一でしたので、キハ183系の登場まではこれらの急行型気動車が北海道仕様の車両の外観の特徴が一眼でわかる唯一の優等列車用の車両でした。

モデルはキハ56が3両、キロ26が1両の4両編成です。北海道の急行型気動車の普通車は冷房車ではありませんので本州の冷房車で組成された編成とは異なり冷房用電源搭載車両とその給電可能な両数を考慮して編成を決める必要はありません。車体は冒頭に記載したようにフェニックス模型店製のバラキットで その他の主要パーツは台車(DT22)が日光モデル製、床下機器も日光モデルの製品です。また動力装置は天賞堂製のパワートラックGT−1を2両のキハ56に装着してあります。

余談ですが、90年代初めこの模型を製作したのち外国をテーマにしたレイアウト制作を始め、次にバラキットを製作したのは2015年ごろですので私のキット組み立て技術はこれ以降現在に至るまで向上しておりません。それでは以下写真を主体に各部を紹介させていただきます。

キハ56の全景.車体はフェニックス模型店製バラキットをほぼそのまま組み立て(改造点は後述)

車体キットの改造点は以下の3点です。

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