真鍮板から車輌を作る -(2) :真鍮板の切断(窓抜き)-

ほぼディテール加工を残すのみとなったキハ25とキハ52の車体と床板です.

部品の罫書きが終わったらいよいよ糸鋸による切断作業に入ります.この切断作業から折り曲げまでが失敗(部品を作り直さざるを得なくなる)のリスクが最も高い作業になります.リスクは広辞苑等では「危険」と書いてありますが,リスクには国際的に定義された明確な定義があり,それは一言で言うと「発生する危害とその頻度で決められる量」です.一般的に危害は人の対するものを考えますが,今回の真鍮版の切断の場合にはリスクを最小とすると言うことは,部品が作り直しになると言うことが製作者が受ける「危害」に相当し,危害の頻度は鋸刃が罫書き線からはみ出して真鍮版の本来切り残すべき領域に侵入してしまうことで,リスクを低減させるためにはその頻度を極力減らす施策を講ずるということになります.リスクを低減させる方法を検討することをリスクマネジメントと言いますが,今回の場合は鋸刄が罫書き線からはみ出す頻度が最小となる(殆んど起こらなくなる)やり方を考えてそれを実行することがリスクマネジメントを行うと言うことになります.
一方,私が最初に参照したTMS誌の片野正巳氏の記事ではこの糸鋸による切断(窓抜き)に関しては「罫書き線から絶対はみ出さないこと」と記載されているだけで,切断中の写真も掲載されておらず,真鍮版に糸鋸の鋸刃を通す穴を開けた写真の次に掲載されているのは窓抜きが終わってヤスリ仕上げの済んだ側板の写真です.後にも述べますが,これは片野氏(TMS誌の編集部)が「罫書き線から絶対はみ出さない」ためのリスクマネジメントは製作者自身で行えと言っているのではないかと推察します.
と言ってしまったら身も蓋もないので今回私が行った私なりの方法と注意点を参考として紹介します.それは一言で言えば「練習で技量を向上させるとともにその中で自分の現時点での実力を把握し,その実力を前提に罫書き線をはみ出す頻度が最小となる(まず起こらなくなる)方法で糸鋸作業をを行うと言うことだと思います.

製作したキハ52の車体の部品です

・切断に使用する工具
真鍮版の切断に使用する工具は以下のものです.

私が切断に使用した工具です.切断時はスケールやノギスも使用します.

1.糸鋸・・・真鍮版の切断は全て糸鋸で行います.単純な構造のものでよく,その方が軽量で使いやすいと思います.写真の糸鋸はもう40年以上使用しており当時の値段は¥100であったと記憶しています.私は弓の深さが約180㎜のものを使用していますが,弓の深さは(車体長/2+α)㎜以上が必要です.
2.鋸刃・・・私は近くのDIY店で購入できるドイツ製のアンチロープ社の鋸刃を使用しています.サイズは#0/0から#5/0を用意していますが0.3㎜の真鍮版の切断には殆んど#4/0と#5/0を使用しています.40年前の価格は¥300程度と記憶していますが今も同程度の価格で入手できます.糸鋸刃はかつてはドイツのヘラクレス社製が定番でしたが現在は市場ではあまり見かけずAmazonでは販売単位は1グロスしか見当たりません.私の感覚ではヘラクレス製とバローべ製の間に切れ味の差は殆んど感じません.昔は国産と輸入品の差は歴然でしたが最近はどうなのでしょうか.
3.弓押さえ・・・糸鋸の左に見えるもので,糸鋸に鋸刃をセットするときに糸鋸の弓を狭める際に使用します.平板を切るときにはなくてもそれほど支障はありませんが曲げを行った後の穴に鋸刃を通すときには必要です.私は2.4㎜角の真鍮角線から製作しました.市販品は私は見たことがありません.
4.ドリル刃・・・鋸刃を通す穴を開けるときに使用します.私は主に呼び径1.6㎜を使用しています.
5.ハンドドリル・・・鋸刃を通す穴を開けるときに使用する場合がありますが,あまり使用しません.ハンドドリルでの穴あけはドリル刃が滑りやすいため使用するときは必ず小径ドリル(0.8㎜)を用いて開けた穴(凹み)をポンチマークとして使用しています.
6.ドリルチャック・・・直径3㎜程度のドリル刃を取り付けて鋸刃を通す穴に発生したカエリを除去するために使います.穴のカエリを除去しておかないと切断時に鋸刃が引っかかり,最悪の場合折れてしまいます.
私は穴あけ時にはセンタポンチは使用しません.先端が鋭いものでは刃先の滑りを抑えにくく,鈍いものでは周囲の変形が大きくなるためです.
このほかに切断部に付着した切粉を除去するための筆が必要です.切粉を確実に除去するためには自然毛を使用した歯ブラシも有益で,一本あっても良いかと思います.またバラキット組み立て時と異なり同一のドリル刃で多くの穴あけ作業を行いますのでドリルの切れ味が作業性に大きく影響します.ドリルを研ぐのは難しそうなのでもし切れ味が悪いと感じたら買い換えるのも一法と思います.

・ 作業の実際
まずは小物を切断してウォーミングアップを行いますが,その前にどのような部品が必要かを把握しなければなりません.そのために必要なのが部品表ですが,私は表は製作せず,下の写真のような備忘録的な”絵”で済ましています.

今回作成したキハ52の部品一覧です

この中でウォーミングアップに作成するのは乗務員ドアの裏打ちや運転室の仕切り板あたりが良いかと思います.乗務員ドアの裏打ちは4枚必要ですが,まずは4枚がつながった状態で窓抜きを行いその後切り離します.この時に使用する鋸刃で1ストロークでどの程度の長さが切断できるかを把握するとともに直線切りのウォーミグアップを行います.長い直線を切断する場合鋸馬を寝かせ気味にすると直進性が増しますが,それでは窓抜きの練習にならないので鋸刃は真鍮板に対して垂直に保持しながら切り進めます.また窓を抜く部分で糸鋸の刃を方向転換する要領を練習します.歯を1箇所に滞留させて上下に動かしながら方向を変えますが,この時は板に対して鋸刃が垂直に当たっていることが必要です.乗務員ドアの裏打ちの穴は外観に出ませんので練習には最適です.私は過去窓抜きは経験していますが流石に40年も経つと要領は全く思い出せず,初めてやる作業のように思えました.自転車や水泳とは異なるようです.そんな中で私が失敗のリスクを下げるために心がけたことは ①ゆっくりと切る ②罫書き線と鋸刃の位置を常に把握する ③切粉で罫書き線と鋸刃が見えなくなったら即切断をやめて切粉を除去する ということでしょうか.①については特に鋸刃が新しいうちは糸鋸1ストロークで結構な長さが切れますが,心を落ち着けてゆっくり切ることを常に心がけることが必要です.焦りは禁物です.②では罫書き線が照明の反射で光るように照明の角度を調整すると罫書き線が把握しやすくなります.罫書き線や鋸刃の位置を把握できない状態での作業は厳禁です. ③は結構煩わしい作業ですが確実に行うことです.交通標語に「注意1秒怪我一生」という標語がありますが作業はその感覚に似ています.あとは気長に行うことが必要です.作業開始前に何十個もある窓を抜くことを考えると大変に感じますが一度始めてしまったら筋肉体操の先生のように『あと○個しか抜けません」ぐらいに思って作業を行った方が精神衛生上良いかもわかりません.ちなみに私の窓抜き作業の結果が下の写真です.最初のキハ25はこんな感じでした.

最初に窓抜きしたキハ25の窓を抜いた状態です

2枚目のキハ52は少しまともになったような気がします.ちなみに2枚目のキハ52での作業の所要時間は概ね罫書きに40分,穴あけに40分,窓抜きで75分程度でした.窓抜きは領域を4分割し途中で休憩しながら行なっています(時間に休憩時間は入っていません).

2枚目のキハ52の窓抜きを行っているところの写真です
1枚目のキハ25より少し進歩したような気がします.

以前触れた菅原道雄氏が執筆した「鉄道模型工作技法」には以下の写真が掲載されていますが私はこのレベルには永久に到達できそうにありません.

いくら経験を積んでもしてもこのような切断は私にはできそうにもありません

上の写真のように穴を罫書き線に接する場所にあけると罫書き線ギリギリの部分を切りやすくなりますが穴あけ時に穴が罫書き線からはみ出さないように気をつける必要があります.私は最初に習作として製作したヨ5000では見事に失敗し,そのため作品は本来等間隔である窓間隔が少しばらついていますが,それは修正のための窓位置を微妙にずらしたためです.このときは車両が貨車でしたのでそれでよしとしましたが普通はこの時点でGAME OVERとなってしまいます.

穴あけの失敗により窓間隔が不揃いになってしまった習作のヨ5000

またあくまでも私の体験ですが4隅に穴を開けると糸鋸の刃の転向は容易になりますが漫然と行うと鋸刄が穴に到達した時に勢い余って穴の反対側まで切り込んでしまうので注意が必要です.また穴を内側に開けすぎた場合,一度罫書き線近傍までの鋸刃進めてそこから罫書き線に沿って切りたくなりますが,切断中の方向の微調整ははみ出しのリスクを増大させる気がします.穴を四隅に開けても気をつければ大丈夫と思うかもわかりませんが,リスクマネジメントでは大量の窓抜きをすることを想定して気をつけていても起こってしまう頻度を他の方法と比較してこの方法を採用するかを判断することが必要です.とにかく罫書き線からはみ出さなければ後でなんとかすることは可能です.窓抜きは集中力のいる単純作業ですので焦らずに確実に行うことが必要です.もちろん罫書き線ギリギリのところを切断すればこの後のやすりがけ作業は格段に楽になりますが,このあたりは自身の技量と性格を勘案して各自が自分にあった「リスクマネジメント」を行うことが重要です.また作業終了後にその結果をチェックして自身の癖を分析して次に活かすということも有効です.今回は私の体験から説明しましたが,技量も性格も人それぞれですので自分にあった方法を見出すことが何よりも重要な気がします.冒頭にも述べましたが最初に紹介したTMS誌のキユ25の作り方に窓抜き方法の説明が一歳ないのは当時の山崎主筆をはじめとした編集部の方々がこのあたりを熟考した上であえて掲載しなかった気もします.学生時代の研究室の先生が自身の執筆した力学の教科書に続いて掲載されている二つの数式で,最初の数式から次の数式を導出するまでの過程を試験の証明問題を解くように記載した資料を見せてくれて「ただ漫然と教科書を読んでいても内容が完全に理解できるはずがない」と言われたことを今でも覚えていますが,この辺りに雑誌に万人の読者に有益な「作り方」を執筆する上での難しさがあるような気がします.

この窓抜きが済めばこの後の工程で「GAME OVER」となる確率はかなり減少しますが,その要因となり修復不能となる要因に設計エラーの問題があります.最後にその点について再度触れておきたいと思います.

・GAME OVERの要因となる設計エラーについて
過去私が製作したバラキットの中で製作後に寸法が少しおかしいと気づいた例も多少ありました.流石に最近の製品ではこのような事例はあまりないようですが,自作車両の場合は設計(各部の寸法の決定)も罫書きも自身で行いますのでもし実物寸法を模型寸法に換算するときやスプリングデバイダーでの採寸時にに寸法にミスがあると製作する中で「なんかおかしい」と気づき,作業は失敗していないにもかかわらずそれに気付いた時点でGAME OVERとなる危険があります.したがって製作中は常に基本寸法に誤りがないかをチェックして,もし誤りがあればなるべく早く修正(作り直し)することが必要です.気づきにくいのは長手方向(窓幅)より縦方向(窓高さ)の寸法エラーです.製作中に車体の窓高さの誤りに気づいた場合などはショックが大きいと思いますが,完成に近づいてから気がつくよりは早めに気がついたほうが修正(作り直し)が楽ですし,ショック度合いも多少軽減するような気がします(と思うしかありません).間違いはこのような作業の単純ミスではなくもっと上流での思い違いでも発生します.実は私は今回キハ60を製作しようと思っていたのですが,キハ60は当初高出力の水平対抗型エンジンを搭載しており,エンジン換装後もDMH17系の水平対向エンジン(DMH17H)を搭載しています.そして写真をよく見ると車体の裾の下端の線路からの高さはほぼ同一形状の車体を持つキハ55系に比較して低い(水平対抗型エンジンを搭載したキハ35やキハ58と同一?)ような気がします.この差はステップの高さや前面ホロ枠と側板下端の寸法(連結器部分の車体の欠き取りの有無)の差からも窺い知ることができます.今回はこの辺りの寸法が不明であったため製作を見送りましたが,もし何も考えず安易にキハ55と同じ寸法で車体を製作していたら途中でGAME OVERになるところでした.
最近のTMS誌には車両の色を解説した記事が掲載されていました.この解説は色の解説が主体であったっと思いますが,私はその記事に記載されている塗り分け位置の寸法を見た時に,塗装の際この寸法を盲目的に信じて十分確認せずにキットの塗り分けを行った場合,万一キットの寸法(窓高さ)に僅かなずれがあった場合最終工程である塗装をしてみたら実機の印象と異なる車両ができてしまうことがあるのではないかと心配しましたが,それを逆手にとって掲載されている塗り分け寸法を図面や実際に罫書きの終了した真鍮板上にマジックペンで記載してみると長手方向の単なる寸法のチェックとは違うアプローチで寸法エラーの発見が容易になるのではないかという気がします.今回のキハ20系に関しては,日本の車両スタイルブックにキハ17のウインドシルの下端位置の寸法が明示されており,実物のキハ17とキハ20を連結した際の朱色の塗り分け高さは揃っているためその寸法からキハ20の塗り分け位置を算出し,罫書きが終了した板に塗り分け位置を記入し写真と見比べることにより窓高さに大きな問題ないかをチェックしました.このほか,前回簡単にしか触れませんでしたが屋根部の展開寸法の間違い(寸法算出時の時のエラー)にも注意が必要です.

次回は私が行った切断後のヤスリ作業の工程を紹介します.最後までお読みいただきありがとうございました.