鉄道趣味を50年続けて思うこと(5) ~Prototype Modeling~

昔から夏は鉄道模型シーズンではないと言われています.確かにエアコンが普及していない時代には暑い夏(と言っても昔は今ほど暑くありませんでしたが)に集中力が必要な細かい工作はあまりやる気になりませんし, 汗をかきながら動いている車両をじっくり眺める気にもなりませんでした.ただ現在の私は仕事をリタイアし, 会社の夏休みに合わせて混雑している場所に出かける必要もなければ子供をどこか旅行に連れて行く必要もありません. 家にはエアコンもあり, 昼間は暑すぎるためどこへも出かける気にならず涼しい家にいる時間が比較的多くなっています. それにもかかわらず模型を製作する気にならないのは単なる昔からの習慣でしょうか?

ということで模型の製作は一時休業で, 涼しい部屋の中で読書などをして過ごしています.
読書は以前読んだ小説を改めて読んだりしていたのですが, 最初に日常読んでいる鉄道模型関係の雑誌に興味深い記事がありましたので紹介してみたいと思います. 


ModelRailroader誌の9月号には米国カリフォルニア州にあるTehachapi Loopを再現したレイアウトが紹介されていました. このレイアウトは72x128feet(22×38.5m)のスペースに設置された複層式のレイアウトで,線路の総延長は1800feet(548m)に及びます, この長さは実物に換算すると実に47kmになり, このレイアウトを列車が走破するのには約1時間かかるそうです. 日本でループ線のある上越線清水峠の水上・越後湯沢間は約35kmで所要時間は約40分ですので, 清水峠をそのまま1/80に縮小したレイアウトを製作しようとするとこのレイアウトにほぼ匹敵するイメージになるのではないかと思います. このレイアウトは個人所有ではなく博物館に設置されたレイアウトで, 現在の姿になるまでには長い期間がかかったようですが現在は製作に携わった地元の鉄道模型クラブが運行しいます. 線路長が実物を縮小した長さであるため運転は過去に実在したダイヤで実時間による運転が行われているようです. 欧米では保存鉄道を愛好家が運転している例はメディア等でも数多く紹介されていますが, これはその鉄道模型版といったところでしょうか. 現在レイアウトはDCC化されているようですが運転には最大35名以上の人員が必要であるということで, 展示施設内のレイアウトですから好きな時に運転というわけにもいかないと思われますのでクラブは運営面でもきちんとしたマネジメントが必要になると思いますし, メンバーがこのような運転を整然と行なっていることもある意味すごいことであると感じます.
一方別の記事では実物の写真をベースとして製作したペンシルバニア州Port Royalの駅とその隣にかかる橋の写真から製作したレイアウト(ジオラマ?)が紹介されていました. この記事にはProototype Photoをベースとしたモデルがあったらその写真を実物の写真とともに投稿してほしいという編集部のコメントもついています.最近日本の鉄道模型雑誌では実物をの一部をそのまま縮小したようなレイアウト(ジオラマ)の記事が多数発表されていますが, 前者のTehachapi Loopを再現したレイアウトは別として, ある程度大きなスペースがあっても実物をそのままスケールダウンした風景をレイアウトに組み入れて運転を楽しむのは結構難しいと思われ, 列車を運転することが主流の米国では日本のように実物を縮小して再現したレイアウトセクションの製作はあまり行われていないと思っていましたので, 最初にこの記事と編集部のコメントを読んだ時は少し意外な感じがしました.
一方, 同誌の10月号には米国鉄道模型界の重鎮の一人, Tony Koester氏のコラム記事 ”Train of the thought” にPrototype Modelingについての記事が掲載されていました. この記事では実際の情景をレイアウトの中にどのように取り入れるべきかということが実例を交えて述べられおり, その内容は
・ プロトタイプ モデリングの目的は, 特定の場所の特定の時間における外観と雰囲気を再現することである
・プロトタイプ モデリングによるレイアウト製作においては上記のような場所を複数組み合わせて全体を一つの鉄道にまとめていくことが必要である.
・プロトタイプモデリングはその場所や線路配置をそのままスケールダウンする必要はないが, Prototypeの何を表現するかをよく考えること. その際にある程度の妥協は必要ではあるが, 再現したいシーンの本質を捉えて安易な妥協はせず, 鑑賞者ににもその場所や時代を感じてもらうことが必要である.
といったような内容でした.そして実際に同じ場所を複数のモデラーがどのように実物の情景をアレンジしてレイアウト上に再現したかが解説されていました.

上に記載したModelRailroader誌の記事

私がこの記事を読んで感じたのはここでTony Koester氏が述べていることは,以前このブログでもよく話題にした故・中尾豊氏の ”鉄道模型の造形的考察の一断面” のレイアウト版ではないかということです. 中尾氏の論じている対象は車両を模型化する際に車両が「実感的」であるための視点であり対象はレイアウトではありませんが, スペースの限られたレイアウトに実物の風景を再現しで実感を得るためにはこの記事とは別のアプローチが必要で, それが上記の記事の言葉に要約されているように感じました. この記事を読んで改めて9月号のPort Royalの駅の記事を見ると編集部のコメントは決して実物写真をそのまま再現したレイアウトの写真を募集しているのではなく, この記事のような形で製作したレイアウトとそのベースとなった写真を求めているのではないと気がづきました. 

車両はその実感を求めるためにその一部をデフォルメする事はあっても, 通常一部分のみスケールを大きく崩すということは行いません. しかしレイアウトの場合にはスペースのみならずカーブ半径ひとつとってもスケール通りに製作できないという根本的な矛盾を抱えており, これは上記のTehachapi Loopを再現したレイアウトでも同じです. そのため実物の風景を「実感的に」再現する場合には実物を構成している要素を分解して再構築するという 車両の模型化とは異なる結構創造的な作業が必要になります. そして私はそこがレイアウト製作の醍醐味であるという気もします. もちろん私は実物の風景をそのまま再現したレイアウト(ジオラマ)を製作する楽しさを否定するものではありませんが, 運転という観点では何かと制約が大きいように感じます. ジオラマの前後にエンドレスの線路をつなげて車両を周回させるだけでは運転は単調になりますし, 駅や機関区のセクションを実物通りの線路配置で製作しても駅に発着する列車や機関区に入出区したり機関区内を転線する機関車の運転操作は結構煩雑な作業になり動いている列車を鑑賞する余裕はありません. そのようなレイアウトセクションで列車が発着する風景をゆっくり鑑賞しようとするとDCCによる自動運転が必要になりますが, 自動運転である程度以上規模の大きな駅や機関区に出入りする複数の列車(機関車)を運転しようとすると, 列車(機関車)交換のためには結構大掛かりなStaging Yardをレイアウトに接続する必要があり, プログラミングも非常に複雑になると思われます. このように実物の一部をそのまま再現したレイアウト上で車両の動きをじっくり鑑賞しようとするとするとなるとそこには運転操作という面で色々な課題があると感じます.

ドイツの駅舎の写真からInspireされて製作したDCC(Märklin digital)による自動運転を導入したレイアウト”終着駅Großfurra”

最後に鉄道関係以外で読んだの本の話にも触れたいと思います. 今回は音楽と同様過去に読んだ小説を読み直してみました. 夏目漱石や川端康成の小説は20−30代の頃よく読んでいましたが, この年になって読み返すとその後人生経験を積んだせいか, また違った気づきがあり面白く読むことができました. また今回宮沢賢治の童話やサン=テグジュベリの ”星の王子様” も読んでみたのですがこのような童話でも昔読んだ時とはまた違った感覚を味わうことができました. 宮沢賢治の童話は銀河鉄道の夜や注文の多い料理店等が有名ですが, それ以外にも数多くの童話があり中にはこの年になって一読しても正直何を言いたいのかよくわからないものもありました. ただ氏の童話では童話の幻想的な世界と現実の世界を結びつけるものとして鉄道の音や光が効果的に使われているような気がします. また作品の中には ”シグナルとシグナレス” のように実際の鉄道から着想した作品もあります. 氏の経歴を見るとどちらかというと理系寄りの方のようですので鉄道には車両以外のシステムも含めて結構関心があったのかもしれず, そこからの着想がいろいろあったのかもわかりません. そしてもしかしてこれらの童話をじっくり読み込むと宮沢賢治の童話の世界をモチーフとしたレイアウトも製作できるのではないかとも感じました. また, このブログでは私が製作した北海道で活躍した車両や北海道をイメージした機関区を紹介していますが, 例えば北海道の出身である三浦綾子氏の小説「天北原野」は鉄道は出てこないものの当時の北海道の自然の厳しさとそこで暮らす人々の営みが描かれていますし, 「塩狩峠」は実際にあった鉄道事故をモチーフとした小説です. 北海道を訪れて初めて宗谷本線や天北線に乗った際には外の景色を見ていると思わずこれらの小説を思い出しました. 北海道をテーマとした車両やレイアウトを製作した際には実物の鉄道の資料を集めるだけではなくこのような小説を読むことは北海道の自然の風景や鉄道のイメージと共にそこで生活している人々を想像することにも繋がり, それがレイアウトのイメージを構築する時に何らかの影響を与えるような気もします.

海道の機関区をイメージして製作中のレイアウトセクション

以上、取り止めのないことを書いてしまいましたが最後までお読みいただきありがとうございました. やっと涼しくなってましたのでそろそろまた模型の製作を再開したいと思います。