真鍮版から車輌を作る -(4) :車体の曲げ-

ディテールを取り付けるのみとなったキハ52とキハ25,

ヤスリ作業が終わったら車体の曲げ作業です.この作業を失敗すると一瞬ででGAME OVERとなりこれまでの苦労が水の泡とないます,しかし慎重な準備作業と確認作業を行えばその確率は大きく下げることができると感じます.私が初めて真鍮版から車体を制作した時は窓抜きやヤスリ作業の際に,こんなに苦労しているのにこれから行う曲げ作業で失敗したらどうしようという「重圧と恐怖」を感じながら作業をしたものですが,何回か経験したらそれほど心配するものではないということがわかりました.

まずは曲げに使用する工具と部材です.

曲げ工程に使用する工具類.ヤンキーバイスは幅50㎜のものを使用しています.


1.バイス(万力)・・・あて木を挟んで固定するための使用します.バイスには糸色なタイプがありますが私はヤンキーバイス(ボール盤バイス)を使用しています.ちなみにヤンキーバイスの「ヤンキー」の由来は最初にこのタイプを製造した会社名にあるようです.日本では「不良」という意味にも使われますがこれは日本のみの言い方で,英語にはこのような意味はなく完全な和製英語のようです.New York Yankeesは不良集団ではありません.
2.Cクランプ・・・あて木を挟むために使用します.サイズは当て木が挟めれば使用可能です.私は車体の目げ時には穴あけ時のワーク固定用のものから工作台固定用のものまで手持ちのCクランプを総動員します.なお,私が使用しているヤンキーバイスは台への固定機能がないため,バイスを固定するための大型のものも使用しています.
3.あて木・・・曲げの際に真鍮版を全長にわたって固定したり曲げたりするために使用します.私は厚さ12㎜,高さ30㎜,長さ約300㎜の杉角材3本を使用しています.角材の幅は側板の長さ以上あったほうが良いと思います.長手方向の剛性も必要ですが0.3㎜の真鍮版であればCクランプを併用していることもあり厚さ12㎜でも剛性不足は感じませんでした.3本のうち1本は一稜を屋根Rに合わせて整形しますので,屋根Rの異なる車輌を曲げる際にはそれぞれ別のあて木(ただしあて木の4辺を利用すれば4種のRが可能)が必要です.
その他寸法測定用のスケール,板金固定用のテープ(マスキングテープ)を使用します.

1. あて木の成形
まずあて木を屋根のRに合わせて成形する際のあて木の稜線につけるRの半径を決める作業をを行います.非常に重要な作業であるにも関わらず話が前後してしまい恐縮ですが,この作業は最初に行う罫書き前の段階で屋根の展開寸法を決める段階で行ないます.(2)の罫書きの紹介記事の中で,罫書きの前に屋根の展開寸法を求めるために車体断面(妻板)形状をした板に実際に曲げた板を当てて屋根の展開寸法を含めた車体板の幅を算出することを記載しましたが,あて木につけるRの寸法はこの時点で決定します.今回製作するのはキハ20形気動車で,必要なのは屋根の肩部のRの数値なのですが,私はどうしても屋根の断面寸法が記載されている図面を入手することができず,バラキットを組み立てたキハ22(フェニックス模型店製)や手元にあったキハ20系用と称するのぞみ工房製の木製屋根板木製の屋根板の実測等から車体完成時の屋根の肩部のRは4㎜としました.完成時の肩Rの寸法が決定したら実際に真鍮版を曲げてあて木の綾につけるRの寸法を決めますが,これはTry and Errorの作業となります.写真の曲げサンプルは最終的に屋根の展開寸法を決めるために用いたものですが,実際にはこの曲げサンプルを作る前に,何度かあて木のRを変えて真鍮版の切れ端を曲げてテストしています.この作業の際のはあて木は短いものでよく真鍮版も幅10㎜程度,長さ20−30㎜の残材のようなもので十分です.ただし使用する板の圧延方向は実際の車体板の圧延方向と合わせておいた方が良いと思います.圧延方向は板の表面を細かく観察すれば大体わかりますが,もしわからなければ実際に使用する車体板と同じ板から曲げ方向が同じになるように曲げサンプルを採取するのが良いと思います.なお,詳しい理屈は割愛しますがあて木に設定するRは付けたいRから板厚を引いた値よりよりやや小さいRが適正のようです.適正Rを求めるためには大きめのRから小さいRへとあて木を削りながら行えばそれほど時間のかかる作業ではありません.この作業を経て製作した部品が(1)に掲載した下の写真のサンプルです.

側板幅を算出するために製作した部品

・ あて木の整形
まずはあて木の一辺を順位作業で決めたRで削ります.この際整形する稜と接する真鍮板を挟む面の稜よりR寸法分だけ下方に綾と並行にライン引きます.このラインがあて木で真鍮板を挟む際の真鍮板の位置決め指標になりますが,このラインが綾と並行になっていないと曲げた時に側板高さに左右で差が生じ,曲げた時点で 側板の高さが左右で異なることとなり失敗(GAME OVER)となりますので簡単な作業ですが慎重に行ない,終了後充分にチェックする必要があります.ラインが引けたら稜線を所定のRに成形しますが,杉角材であれ小さいRは耐水ペーパーで比較的簡単に成形できました.このRはケント紙等で作成したゲージでペーパー車体の屋根板の成形やペーパールーフ車体の屋根Rのチェックと同じ要領で行いました.

稜線にRをつけたあて木

・板の固定
綾部の成形が終わったらいよいよ曲げ作業に入ります.まず車体板の表面に曲げ線(側板と屋根との境界部)を罫書きます.また屋根の中心にも罫書き線を引きます.この罫書きを忘れるとベンチレター等屋根状に部品を取り付ける際に苦労しますので忘れずに罫書いておく必要があります.張り上げ屋根の車体でなければ前者は雨樋で隠れますが,後者は隠す部品はありませんので軽く罫書きます.罫書きが終了したらあて木の屋根Rの加工時に書いた線と車体版の曲げ線を一致させて車体板をあて木にテープで固定します.この固定がズレると車体が正確に曲がらずその修正は不可能ですので入念な確認を行なう必要があります.

車体板とあて木を指標に合わせて固定します.固定にはマスキングテープを使用しました.

車体板をあて木に固定したら,加工していないあて木の上面を車体が固定されているあて木に引いたラインに合わせてバイスに固定します.バイスに挟む前に位置を決めて固定してもバイスに軽く固定してから位置を調整してもどちらでも良いですが,バイスを軽く押し付けた状態であて木の位置を調整する際は調整に伴いテープで固定した車体板の位置がずれていないかも確認が必要です.なお固定の際はあて木の下面をバイスのジョーのスライド面に押し当てます.この作業により作業台とあて木の並行度が確保されます.作業台と曲げ線の並行度の調整が簡単にできるのはヤンキーバイスのメリットです,

2本の当て木と車体版御関係を充分にチェックします.

あて木をバイスに固定したら車体板とあて木にずれがないかを入念ににチェックします.車体板とあて木の位置関係がずれていると100%失敗しますが,正しく固定されていれば成功の確率は大幅に上昇します.なお,私が使用しているヤンキーバイスは台への固定機構がないためあて木と車体板をバイスに固定した状態で手で持ち上げやすく,台上に固定されているバイスより至近距離から色々な方向を向けて位置関係を確認できるというメリットがあります.チェックで問題ないことを確認したらバイスからはみ出ている部分のあて木をCクランプで締め付けます.締め付けが完了したらバイスを台上に固定して曲げ作業を開始します.

曲げ作業を開始する直前の状態です

曲げは曲げ用のあて木をバイスに固定しされているあて木の下に押し付けながら曲げていきます.少し曲がったところで曲げの開始点が手前側のあて木の上面となっていることを確認してOKであれば曲げ作業を継続します.曲げる際は曲げ用のあて木の両側がバイスに固定されたあて木から浮き上がらないこと,あて木に均等に力をかけながら曲げることが重要です.曲げる速度は出来栄えにあまり関係しないようですが,曲げ用のあて木の位置を確認しながらゆっくりと慎重に行ったほうが良いと思います..

片側の曲げが終了した状態

片方の曲げが終了したらもう一方も同様の手順で曲げて車体をコの字形にします.

片側の曲げが終了したらもう一方を同じ手順で曲げていきます.

・屋根中央部(肩部以外)の曲げについて
上の手順は屋根肩部の曲げ手順ですが,それ以外の部分の曲げについては私はまだ試行錯誤中の状態です.TMS誌のキユ25の作り方では肩部を曲げる前車体が平板の状態で最初に屋根板の押し当ててRをつけておく方法が紹介されていますが,私は車体板が平板の状態で板を湾曲した部材に押し当てて整形すると車体板の中心線と押し当て部材の母線がずれていた場合に車体が歪んでしまうような気がしたため避けています.代わりの方法として今回は肩部を曲げた後,ゴム板と丸棒で屋根中央部のRをつける方法を試みました.使用したゴム板はレコードプレーヤーのターンテーブル上に敷かれていたインシュレーターです.押し付ける棒は直径12㎜の檜丸棒を使用しました.使用するゴム板の硬さにもよると思いますが今回の場合湾曲させるののはかなり力を入れる必要がありました.ただ車体がコの字になっている分,棒と側板との並行に注意して作業を行えばカーブの母線に対するずれは起きにくいようです.また,長手方向で板が均等に変形していないと曲げた側板の部分,特に強度の低い客用ドアの部分が波打つように大きく変形しますので変形しないように曲げていくことで曲げRの不均一はある程度防止できるのではないかと思います.この作業により中央部の大きなRをつけたあとは指の腹等で曲げを調整して屋根のRを車体断面に合わせました.

ゴム板と丸棒で中央部のRを成形中の車体
Rを手指で調整中の車体.後方は調整を終えて側板がほぼ並行になっていますが前方は調整中のためまだ少し広がっています.

通常国鉄車両の屋根Rは肩部の小さなRと中央部のR,その両者を繋ぐRの3種類のRで屋根の断面が構成されています.このRの再現に際しては,今回のような手曲げによる曲げ作業を行わず何らかの型に押し付けて屋根形状を正確に仕上げることはかなり難しい気がします.屋根Rはバラキットのようにプレス機で曲げる場合でも実車のカーブと微妙にカーブが異なっているキットがあるのもこの部分の曲げの難しさの表れではないかと思います.そのため自作でのこの部分の曲げは手指による曲げが現実的な気がします.なお,国鉄気動車の場合は中央部と肩部のRを繋ぐRは肩部と中央部のRより小さいため.手指による曲げ作業の際,両側板を並行にするために中央部に近いところからRをつけてしまうと撫で肩の屋根になってしまい車体断面と合わなくなってしまうので注意が必要で,手指による調整は肩Rの近傍で行う必要があります.肩部の曲げ作業はあて木の整形とあて木と車体板の確実な位置ぎめを行えば失敗の確率は下げらますが中央から肩につながるRの成形は曲がり具合のチェックと状態に応じた手での微調整が必要で,この部分が曲げ工程で一番難しく手間のかかる作業であるような気がします.なお,今回曲げ部から3㎜下方にある客用窓ドアの上辺は曲げ前に抜きましたが屋根の曲げに伴う変形は認められませんでした.前面の角の曲げも上記の手順と同じ手順で行います.

屋根のRを車体断面と一致するように手指で曲げていきます.
バラキット状態になったキハ25

この曲げ作業が終了し,その他の主要部品を製作すれば「バラキット」の完成です.これ以降の工程はバラキット組み立てとさほど変わりませんが次回はバラキットにはないキハ52の前頭部の製作と組み立て,おでこの整形作業と窓周りのテーパー付け作業について紹介したいと思います.

最後までお読みいただきありがとうございました.